首都高で“カーチェイスを無断撮影”も…わずか2作で映画史に名を刻む「長谷川和彦監督」が語っていた「もう1本撮らないと死ねない」

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無許可で首都高速のカーチェイスをゲリラ撮影

「『太陽を盗んだ男』は、興行としては失敗でした。ところが、キネ旬ベストテンでは第2位、読者選出では第1位。そのほかのコンクールや映画祭でも、続々と高評価を得て、ようやく一般観客も“すごい映画らしい”と気づきはじめるのです。その後も人気は高まる一方で、2009年、キネ旬選出の〈オールタイム・ベスト日本映画編〉で第7位。2018年の〈1970年代日本映画ベストテン〉では第1位となり、日本映画史に残る名作となったのです」

 以後、「太陽を盗んだ男」は、名画座で上映されるたびに大人気となる。

「無気力な中学の理科教師(沢田研二)が、自家製の原爆をつくり、政府に対して、巨人戦のナイター中継を最後まで放送しろとか、麻薬所持で中止になったローリング・ストーンズの来日公演を実現させろとか、奇妙な要求を突きつけます。物語は、この犯人を追い詰める刑事(菅原文太)との追跡戦を中心に、ものすごいテンポで展開します」

 長谷川監督は、胎内被曝をしているだけに、原爆に対して、独特の思いがあったといわれている。よって、単なるアクション映画に終わっていないところも、高評価の理由のひとつだった。

「とにかく設定が、奇想天外でした。しかも、無許可ゲリラ撮影の連続で、本来なら絶対に見られないシーンが続出するのです。皇居坂下門前の広場にジャックされたバスが突入したり、妊婦に女装した沢田研二が国会議事堂に入って行こうとしたり。デパートの屋上から1万円札がばら撒かれるシーンも強烈でした。さらに驚くのは、首都高速内で、複数のパトカーによる一大カーチェイスが展開するシーンです。絶対に撮影許可が下りないとわかっていたので、車数台で前後を塞ぎ、一般車両の進入を阻止して“渋滞”を発生させ、その間に一発撮りをしたそうです。ある意味、日本映画史上、最大の“問題シーン”でしょう」

 警察からの“お叱り”は数知れず、現場スタッフは留置所で一晩過ごしたとか、大量の始末書を書かされたとの伝説も残されている。映画同様、ご本人も豪快そのものだった。なにしろ175cmの巨躯のうえ、東大時代はアメフットで鍛えていただけに、体力抜群。酒も強く、新宿のバーで流血騒ぎを起こしたこともあった。

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