低成長と円安で日本人留学生が激減する中… 「日本が沈没しない道」を意外な舞台芸術のキャリア支援に見る

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日本人が極度に内向きになっている中で

 近年使われなくなった言葉に「海外雄飛」がある。「大きな志をいだいて海外に渡り、勇ましく活躍する」という意味で、憧れをともなうポジティブな語感があった。だが、いつの間にか耳にしなくなり、同時にそういう志向自体が日本人から失われたように思う。

 2025年は訪日外国人旅行者数が4,268万人と、はじめて4,000万人の大台を超えた。その一方、日本人の海外出国者数は1,473万人にとどまっている。前年の1,301万人よりは増えたが、ピークだった19年の2,008万人を大きく下回る。なにしろ、日本人のパスポートの保有率は24年末時点で17.5%と、2005年の26.9%から10%近くも減っているのである。

 日本人の海外留学生(主に長期留学)の数も同じ状況にある。海外の機関が把握している数を文部科学省が集計したデータによれば、1980年代までは1万人台だったのが90年代に急増し、2004年には8万2,945人に達した。しかし、そこからは日本経済の衰退に歩を合わせるように減少し、09年に6万人を割り込んでからは回復していない。そしてコロナ禍を経て、ピーク時の約半分の4万人台になった。

 むろん、出生数の減少や過度の円安の影響は大きいが、それだけとは思えない。たとえば韓国は、いまなお「海外雄飛」が志向されているようで、2022年時点のアメリカへの留学者数を見ると、日本の1万3,447人に対して4万9,755人と、3.7倍にもなっている。韓国の人口は日本の4割にすぎないので、人口1人あたりでみれば、その差はさらに広がる。

 こうした状況は、海外に行くと強く意識させられる。アジア人がいても、日本語を話していることは少なく、日本人の若者と遭遇する機会はそれ以上に少ない。経済成長が途絶えて日本人の意識が内向きになっているところに、円安が重なって状況に拍車がかかってしまった。しかし、ビジネスにせよ、学術にせよ、芸術にせよ、国際的に交流し、グローバルな視点を獲得してこそ得られるものは大きい。世界との切磋琢磨を忘れれば、今後の国力低下にもつながってしまう。

 筆者は職業柄、ヨーロッパに留学する音楽家、とりわけオペラ歌手たちと交流し、その活動や活躍を眺め続けているが、実際、留学する人数自体は、20年ほど前とくらべると激減している。ただ、低成長や円安という逆風下で留学するのは、能力があって前向きな若者にかぎられるので、絶対数こそ減ったが、粒ぞろいになったのはまちがいない。

 だが、優秀で前向きでも、やみくもに努力するだけで活躍できるものではなく、留学生数が少ないと情報も入りにくい。そこに昨年、注目すべきプロジェクトが立ち上がった。「欧州オペラキャリア形成支援プロジェクト」がそれである。その取り組みには、日本の逼塞した状況を打開するヒントも含まれているので、以下に紹介したい。

韓国との決定的な違い

 プロジェクトの副代表で、ドイツのNRWオペラ研修所の芸術監督を務めるコルペティートル(ピアノを弾きながら歌手に音楽稽古をつける専門家)の工藤優奈さんと、メンバーの1人で「オペラ界の大谷翔平」ともいわれるミラノ在住のメゾ・ソプラノ歌手の脇園彩さんに、オンラインでインタビューした。

 やはり出発点は「日本人が少ない」という認識だったという。私自身、欧州の歌劇場のキャストに、韓国人や中国人の名はよく見るのに、日本人の名は滅多に見ないと感じて、悔しい思いをしているが、欧州でオペラの現場に携わっていれば、なおさら痛感するようだ。工藤さんがいう。

「私個人としても、欧州で活躍する日本人歌手が少なく、努力している人も認められる機会につながりにくく、留学以前から情報が入りにくいうえ、入っても個人的なつながり頼みだ、と感じていました。そうしたら、現在、ドイツの宮廷歌手でいらっしゃるソプラノの角田祐子さんも同様の思いを抱いていました」

 その角田さんがプロジェクトの代表を務めている。工藤さんの話を続ける。

「たとえば、ドイツでは韓国人の活躍が目立ちますが、彼らはかなり組織的なサポートを受けていて、私たちもそれに負けないためにはどうすればいいか、という問題意識からスタートしました。ドイツの一部の歌劇場は、韓国が国としてお金を出している場合もあるようです。現在、欧州では歌劇場の研修所で学んでプロになるのが主流なので、若い歌手は研修所に入るのが合理的です。ドイツでは研修生には研修所から月給が支払われます。その一部を韓国側が負担するのは例外にすぎないとしても、国が力を入れている影響は大きいですね。結果として、歌劇場側が韓国で歌手のオーディションを行うことも増え、そうして育った歌手が韓国に帰り、教わった生徒がまた研修所を受験する、というよい循環ができているようです」

 ただ、日本でも国の支援を引き出す、というのは簡単ではない。そこで、角田さんがすでに試みていた、留学生たちを経験者や支援者の情報とつなぐための団体設立を企図したという。こうして2025年5月、プロジェクトが発足した。

「ドイツには歌劇場が80以上、研修所は30近くあると思います。歌劇場で歌う仕事を獲得するには、やはり研修所制度を利用するのが有利で、そうである以上、なるべく若いうちに効率よく研修所にたどり着けたほうがいい。そのためのお手伝いができたらいいと」

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