低成長と円安で日本人留学生が激減する中… 「日本が沈没しない道」を意外な舞台芸術のキャリア支援に見る

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それぞれが自分の軸をもつために

 プロジェクトには3つの軸がある、と工藤さんはいう。

「1つは、すでにかなり歌える歌手と、劇場のキャスティング担当者を結ぶこと。自分の歌を聴いてもらいたくても機会がない人が多いので、その機会を作る手助けをするということです。その際、たとえば聴いてくれる人の好みを知っておいたほうが、興味をもってもらえる可能性は増します。ニーズとニーズをつなぐのです。2つ目は、キャスティングする人だけではなく、もっと幅広く歌劇場関係者から直接話を聞くワークショップのような機会を設けること。3つ目が、月に1回のオンライン座談会による情報提供です。そこで参加者の方々から出た質問に、すぐにお答えしていきます」

 1月25日に行われた3回目のオンライン座談会を視聴したが、工藤さんのほか、プロジェクトのメンバーで、NYメトロポリタン歌劇場や独シュトゥットガルト歌劇場の研修所を修了した青木ゆりさん、現在ミラノ・スカラ座研修所に在籍中の杉山沙織さんらが登壇。自身の経験のほか、ドイツやイタリアなど国ごとの違いや各研修所の特徴、音楽院と研修所の違い、どんな資質が求められ、どんな準備が必要か、といったことを話し、参加者の悩みに答えていた。ちなみに参加費はわずか5ユーロ(920円程度)である。

 ただ、いうまでもないが、日本人にありがちな受け身では、どんなにすぐれたプロジェクトがあろうと世界の壁は突破できない。

「参加者からは、『どういうやり方が正しいですか』という質問が多いのですが、脇園彩さんは座談会で、自分の軸をもつ大切さを語ってくれました。結局、各人が自分の軸をもつために必要な情報を得る手助けをするのが、私たちの活動の柱です。たとえば、noteやインスタグラムを活用して、欧州流の履歴書の書き方なども伝えています」(工藤さん)

自分の力で飛ぶための手助け

 脇園さんが補って説明する。

「みなさん正解を欲しがりますが、じつは正解は内側にあり、外側に求めるかぎり見つかりません。ただ、自分が本当にやりたいことを見つけるのは意外と難しい。難しくなっている原因は教育システムにもあると思います。その人に足りないものを意識させ、足りないものを与えようとする傾向があると感じるのです。でも、本当の教育は、各人がもともともっている翼、つまり才能を示し、『そこに翼があるよ』と教えてあげることのはずです。その結果、その人が飛べたら、それを心からよろこぶのが本当の教育者だと私は思います。このプロジェクトはそれができると信じています。つまり、自分の力で飛ぶための手助けをしてあげられる。実際、自分の力を信じていないかぎり、チャンスは獲得できませんから」

 減ってはいても、留学生はいる。だが、才能ある人材が前向きに努力するだけでは、オペラ歌手を供給する市場にうまく入ることはできない。同様の状況はいま、あらゆる分野で生じている。

 このまま放置すれば日本人、ひいては日本そのものが、世界の市場から取り残されていく。円安による悪い影響がおよぶのは物価だけではない。日本が将来にわたって成長する芽が萎んでしまう。外為特会が為替差益でふくらみ、総理大臣が「ほくほく」しているあいだに日本が滅んでしまう。

 いずれにせよ、オペラという小さな分野ではあるが、ボランティアとして、日本人が才能を伸ばせる状況を確保しようとする動きが生まれたことには頭が下がる。それは若いオペラ歌手にとって願ってもない環境整備であり、ほかの多くの分野にとっても参考になる話だと思う。いわば、これから日本が成長するために必要な視点を示している。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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