「大蔵省のパワハラ番付では上位」「舛添要一氏との結婚生活はDVで破綻」 片山さつき財務大臣の波乱万丈の人生
「本当にうれしそうだったし、まっすぐな人だと」
2009年の衆院選は“ドブ板選挙”に徹した。あの向かうところ敵なしの伝説の秀才が、公衆の面前で土下座したのである。それも一度や二度ではない。後援会などでそれを繰り返したのである。にもかかわらず、無所属で出馬した城内氏に倍以上の大差をつけられたばかりか、民主党候補の後塵まで拝して惨敗。これまでトップが定席だった大臣は、ここで人生初の挫折を味わう。
しばしの浪人期間を経て2010年、今度は参院比例区に自民党公認で出馬する。天台宗の支援も得て党内トップで当選するが、この時期、存在感は薄かった。
「参院に鞍替えして再当選した時、同期のみんなでお祝いをしたんです」
そう田中教授が述懐する。
「衆院選で落選した時のことを振り返って『落選したら何者でもなくなってしまった』と話していました。話しぶりから、すごく苦労したことが伝わってきましたし、会に来た同期一人一人の手を取って、『ありがとう』と感謝を伝えていました。あの時は本当にうれしそうだったし、まっすぐな人だと思いました」(同)
「異次元の天才」もそれなりに苦労したようだ。
「いまだにうちの料理どころか、ビールの一杯も飲んでくれていない」と苦笑
何にせよ選挙は大変だろうが、小学校時代の同級生であるスペイン料理店の店主、小野保重氏の言葉を伝えたい。
「参院議員になった頃、さつきがうちの店に来たの。昼時でお客さんがいっぱいいたのに、大声で言うんだよ。『みなさーん、小野くんの同級生の片山さつきでーす』って。しかも名刺を配ってだよ」
それくらい、票が欲しかったのだろう。
「選挙でずいぶん苦労したんだろうね。最近は『わが党は』みたいなことしか言わなくなったし。政治家って、いい年の取り方ができないのかな。『当選したらここで打ち上げをする』と2度も言っていたのに、いまだにうちの料理どころか、ビールの一杯も飲んでくれていないんだから」
そう苦笑いする。
前編では、学生時代の同窓生や大蔵省の同期が語る、片山氏の「異次元の天才エピソード」について報じている。
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