「厳しい父だったが、時々電話で助言を…」 維新参院議員の次男が明かす片山虎之助氏の“素顔”【追悼】

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 物故者を取り上げてその生涯を振り返るコラム「墓碑銘」は、開始から半世紀となる週刊新潮の超長期連載。今回は昨年12月18日に亡くなった片山虎之助氏を取り上げる。

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党を超えた信頼関係

 総務相や自民党参院幹事長などを務めた片山虎之助氏は、政策通で頭が切れるとの評があった。遠慮のない発言は要所を外さず、問題点の指摘は具体的で鋭かった。

 次男の片山大介氏はNHKの記者を経て、2016年以来、日本維新の会の参院議員を務めている。

「“相手が納得できるよう、複雑なことでも内容を損なわずに分かりやすく話しなさい、聞こえの良い言葉で煙に巻いたり、あいまいな話し方はいけない”と諭された。厳しい父でしたがとにかく忙しく、家で自分の話をしなかった。私が議員になってから周りの方々が父にお世話になったと話して下さり、党を超えて信頼関係を築いていたのだなと知りました。地方に活気があってこそ日本は元気になると地方分権を推進させる政策は、官僚時代からのライフワークでした」

話は要点から

 1935年、岡山県生まれ。東京大学法学部から58年、当時の自治庁に入庁。消防庁次長などを歴任し、88年退官。翌年の参院選に岡山から自民党公認で出馬して初当選した。

 優秀な官僚を上手に生かし、政治家は決定して責任を取るものだ、が信念。01年、初代総務相に就任。

 同年から12年にかけて片山氏の地元秘書を務め、現在は倉敷市議の日向豊氏は振り返る。

「頭の中に細かい数値も全部入っている。資料も少し見たら覚えてしまうのです。紙を見て話すことはない。まわりくどい話が嫌いで、おべんちゃらや前置きは要らないから、話は要点から入ってくれ、というのが常。即断即決で地元事務所に陳情に来た人の目前で関係先に直接電話をかけていた。移動中の車内では『笑点』を必ず見ていました。笑ったりせずいつも、“なるほど”とつぶやいていた。やりとりや話の返し方を参考にしていたのでしょう」

 総務相として地方分権を進めようと、「三位一体の改革」を提唱、前進させた。塩川正十郎財務相や小泉純一郎首相を相手に論理的にすごむ迫力があった。

 自民党では04年、参院幹事長に就任、省庁幹部が日参した。

 07年の参院選で民主党の新人候補、姫井由美子氏の挑戦を受けて敗北する。

「“姫の虎退治”と面白おかしく寸劇のように捉えられ、政策を訴えても聞いてもらえなかった。参院幹事長として候補者の応援に行く立場なのに、自分の選挙に追われ申し訳ないと責任を感じていた」(日向氏)

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