「厳しい父だったが、時々電話で助言を…」 維新参院議員の次男が明かす片山虎之助氏の“素顔”【追悼】

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親子で同じ党に

 74歳で迎えた10年の参院選、今度は参院比例区の定年という自民党の内規に阻まれた。すると自民党を離党。平沼赳夫氏ら元自民党のベテラン議員によって結成された「たちあがれ日本」から立候補し、国政に復帰。

「“秘書を辞めろ”と当選後いきなり言われて驚いた。議員でなければただの人だ、任期中なら力になれるだろうから、先のことを考えろ、との意味でした。不器用な言い方ですが、人情味ある言葉で、私が市議を志す決心につながりました」(日向氏)

「たちあがれ日本」を経て日本維新の会に加わり、自身の経験を惜しみなく伝えた。

「16年から親子で同じ党にいる状態になり、時々電話で助言してくれました。政党は政策が最も重要と父は考えていた」(大介氏)

 21年の衆院選で維新の躍進を見届けた後の11月、倒れて意識混濁に。当時86歳、最高齢の国会議員だった。

「家族として議員辞職を願い出ましたが、本人の意思が確認できない以上、翌年の任期満了まで待つことになりました。参院議長の山東昭子先生が“トラさんの意識が戻るかもしれませんよ、待ちましょう”とおっしゃり、ありがたい気持ちでした」(大介氏)

 4年を経た25年12月18日、90歳で逝去。自民と維新の連立を見届けるかのように旅立った。

週刊新潮 2026年1月1・8日号掲載

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