全てのはじまりは「電話ボックス」に置かれた「コーラ瓶」…1977年の新年に日本を騒然とさせた無差別殺人「毒入りコーラ事件」の全貌
瓶入りコーラ
コーラ瓶の王冠を外し、青酸ナトリウムを混入、さらに王冠をかけ直して電話ボックスや電話台に置くという、前例のない無差別殺人――捜査第一課は目撃情報の収集に加え、さらなる被害拡大を防ぐため、高輪署管内に60か所ある電話ボックスを中心に、不審なコーラ瓶の発見、押収に当たった。捜査本部の人員をすべて割くわけにはいかないため、機動隊1個中隊の応援派遣も要請。大々的な検索が行われた。
「現場は品川駅に近く、高級住宅街とホテル、さらに古くからあるメッキ工場などが混在する街でした。現在のように防犯カメラもなく、正月ということもあり、目撃者探しも難航しました。事件発覚前日の1月3日は、箱根駅伝の復路見物で人が出たくらい。車の通りも普段の10分の1と、静まり返る街に犯人は毒入りコーラを置いたのです」(当時、取材にあった元社会部記者)
犯行に使われたコーラ瓶は190ミリリットル入り。コカ・コーラといえば、胴部がくびれた独特のデザインで知られるが、「暗闇でさわっても、その形でコカ・コーラのボトルとわかるもの」という条件で開発されたものだという。当時は栓抜きがついた自販機で購入できたが、300ミリリットル入りのホームサイズに加え、後に1リットル入りの瓶も発売されている。
その後の捜査で、第二現場の近くにコーラ瓶の王冠をもう一つ発見、やはり青酸反応があったが、瓶は発見できなかった。分かっているだけで、4本の毒入りコーラが置かれたことになる。
警視庁の威信をかけた捜査が始まった。
【第2回は「昭和のジャンプ漫画も取り上げた「毒入りコーラ事件」の衝撃…大量の猛毒「青酸ナトリウム」をバラ撒いた“犯人”を逮捕できなかった理由」捜査の展開はどうなったのか?】




