「君は解説委員にはなれないよ」池上彰が挫折して気づいた「わかりやすさ」という武器

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 ニュース解説の第一人者として知られる池上彰さん。記者や報道キャスターを経てNHK『週刊こどもニュース』でお父さん役を務め、誰もが「なるほど!」と膝を打つわかりやすい解説で人気を集めた。

 ところが50代半ば、「君は解説委員にはなれないよ」「専門分野がないだろう」と告げられる。毎年、異動希望を出していた池上さんにとっては頭を殴られるようなショックで、大きな挫折を感じたという。

 しかし、この出来事をきっかけに「自分にしかできないこと」を見つめ直し、物事をわかりやすく説明できることこそが自分の武器だと気づいた──。

 池上さんの著書『池上彰が話す前に考えていること』には、経験を通して磨かれた「思考の整理」のスキルがまとめられている。その中から、伝えるプロが実践する3つのポイントを紹介する(以下、同書をもとに再構成しました)。
 
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(1)頭の中に「素人」を育てる

 わかりやすい説明は、ツアーガイドさんの仕事に似ている気がします。

 順次、「いま私たちがいるのはこんな場所です」「次に向かうのはこちらです」「このあと、トイレ休憩をとりますよ」などと丁寧に伝えることで、ツアー参加者は迷子になりにくいし、安心してついてきてくれます。

 また、ガイドさん自身は、同じ観光スポットをすでに何十回、何百回と訪れているかもしれないけれど、大半のお客さんにとって、そこは「初めて訪れる場所」。すぐれた引率者は、相手の目線に立ってニーズに気づき、真摯に向き合える人なのだと思います。

 このプロセス、感覚はビジネスの場でも欠かせません。ひとたび専門家(=その道のプロ)になってしまうと、第三者の「わからない」という感覚がわからなくなってしまいがちなのです。頭の中に「素人」を育てることが大切です。

(2)インプット内容を第三者に話す

 本や講演会、ドキュメンタリー番組などを通じて「なるほどな」と思うことがあるでしょう。それをすぐ誰かに話してみる。説明してみる。友人や家族が相手をしてくれないのなら、イヌやネコでもいいんです。熱が冷めないうちに、口に出して喋ってみることをおすすめします。

 必死になって勉強する機会が多い私ですが、学生やテレビの視聴者に解説すること(=アウトプット)を念頭に置いて調べもの(=インプット)をすると、要点をしっかり頭に叩き込むことができます。

 一方で、漫然と話を聞いたり、本を読んだりしていると、内容が右から左へ抜けていってしまう。誰しも、面白いことや驚いたことに触れたとき、「この体験を誰かと共有したい」と思うもの。これをうまく利用して、インプットの定着率を上げましょう。

(3)因数分解してみる

「わかりやすい説明」を突き詰めて考えていたところ、「もしかして、因数分解では?」と思い至りました。

 複雑・難解なニュースを解説する際、

 1.共通するものを見つけ出し、外に出す
 2.残ったものをカッコでくくる

 こうやって整理することで、すっきりとわかりやすくなるのです。

 たとえば、「未婚化」や「地方の過疎化」、「社会保障費の増大」、「外国人労働者の
受け入れ」といったトピックスは「少子高齢化」という共通項を立て、カッコでくく
って説明することもできるでしょう。まさに因数分解ですよね。

 こうした思考法は、こんがらがった事象を整理し、核心に迫るうえでも役立ちます。

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 池上さんは次第に「わかりやすいニュース解説をありがとうございます」と言われるようになったというが、そんな声に感謝すると同時に危機感も抱いている。

 「安直に『答え』だけを求めて、それ以上のことを考えなくなっている人が増えている気がします。これは危険なことです。安易に答えを探すのではなく、自分の頭で考える習慣を身につけてほしいと願っています」

 池上さんの語り口からは、私たち一人ひとりに「自ら考える」ことを促したいという願いがにじみ出ている。

 ※『池上彰が話す前に考えていること』より一部抜粋・再編集。

池上彰(いけがみ・あきら)
1950(昭和25)年、長野県生まれ。ジャーナリスト。名城大学教授、東京科学大学特命教授、立教大学客員教授など複数の大学で教鞭を執る。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者や番組キャスターなどを経て、1994年から11年間、『週刊こどもニュース』でお父さん役を務める。2005年に独立。『伝える力』『なぜ、読解力が必要なのか?』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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