「娘の遺体は顎が外れ、指先はミイラ化して…」 裁判員裁判で「刺激証拠」が排除されている! 遺族が語る無念
元裁判官の危機感
20年2月に行われた裁判員制度の施行状況等に関する検討会で、島田一東京高裁判事は、刺激証拠は必要性と相当性を十分に検討した上で厳選すべきだとして、こう述べている。
「判断者(裁判員)の感情をかき立てて冷静な判断ができなくなるような証拠は弊害が大きいため、相当性の要求を満たさず、却下する。裁判員の心理的な負担については個人差が非常に大きいため、精神的な耐性の低い人を基準にして検討する必要がある」
必要性に応じて採用する可能性を残してはいるが、近藤理事長は「解剖時に撮影した生の写真は基本的にほぼ採用されない」と現状に嘆息する。
東京高裁判事などを歴任し、12年に裁判官を退官した波床(はとこ)昌則弁護士は、現在の裁判員裁判は「客観証拠を大事にしていない」と指摘し、こんな危機感をあらわにする。
「客観証拠はうそをつかない。そこから何が読み取れるのかを最大限にくむのが、真相の解明につながるのです。昔の裁判官は、虫眼鏡を使い、目を皿のようにして写真を見た。ところが今は血痕がついているからショックを受けると気遣い、裁判員を『お客さん』扱いしている。そんな裁判では、事件によってはいつか判断を致命的に間違えるだろう」
「裁判員は理解してくれた」
そう波床弁護士が断言できる背景には、1枚の写真が有罪か無罪かを分ける裁判を、身をもって体験したことがある。大阪府で08年2月、生後5カ月の長男の頭に暴行を加えて殺害したとして、殺人罪に問われた父親は一審で懲役15年の判決を言い渡された。ところが二審で逆転無罪を勝ち取った。その決め手となったのが、1枚の写真だったと波床弁護士は回想する。
「長男の脳の出血状況を写した解剖写真でした。それを吟味した結果、出血は想定犯行時刻より早い段階から始まっていることが分かり、暴行殺人という検察側の筋書きが崩れたんです」
裁判員裁判ではなかったが、被告弁護団に所属していた波床弁護士にとって、客観証拠の重要性を再認識した事件だった。自身が裁判官を務めた裁判員裁判では、刺激証拠を採用した経験もある。それは09年10月、東京都大田区の麻雀店で、60代の男性が頭部を殴られ死亡した事件だ。犯人は逮捕され殺人罪で起訴されたのだが、公判前整理手続の際、検察側から「どうしても写真を証拠採用してほしい」と伝えられ、1枚だけ採用した。
「後頭部の殴打状況が分かる写真でした。裁判員には事前にきちんと説明をしたら、理解してくれ、辞退者もいませんでした」
裁判終了後のフォローも欠かさなかった。評議の際、最良証拠から何が読み取れたのかを裁判員に尋ねた。
「ショックで口をつぐむような裁判員はいませんでした。皆さん、自分の意見を言ってくれました。こうした対応による『吐き出し効果』も考慮すべきです。心理的ショックは胸の内にこもらせるのではなく、口に出してもらうことで解消できますから」
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