「娘の遺体は顎が外れ、指先はミイラ化して…」 裁判員裁判で「刺激証拠」が排除されている! 遺族が語る無念
遺体は語る
今年6月、九州大学で刺激証拠に関するシンポジウムが開かれ、専門家たちが議論を交わした。そのうちの一人、札幌高検検事長などを歴任した神村昌通弁護士はこう警鐘を鳴らした。
「遺体の写真は最良かつ唯一無二の証拠。被害そのものであって殺人犯の行為を最も正確に語る。それを見ずに正しい事実認定と適切な量刑が下せるでしょうか。刑事司法の使命である真相解明という点において、刺激証拠の排除は大きな問題だ」
事件が発生した時、最初に現場に駆け付け、遺体の状態を確認するのが警察だ。殺人事件被害者遺族の会「宙(そら)の会」の特別参与、土田猛さんは、警視庁鑑識課で検視を担当した経験から、証拠としての遺体の重要性をこう語る。
「自殺と聞かされ現場に行った時に、放置されていた遺体の足が不自然な状態だったので、違和感を覚えた。案の定、他殺だったんです。まさに『遺体は語る』。私の経験則ですが、事件現場から得られる情報の6割は遺体にあります」
それほどまでに重要で最良証拠とされる遺体が、写真ではなくイラストで審理される現実。神村弁護士は「被害者の尊厳が損なわれている」と批判する。
「被害者からすると、遺体は死ぬ時に残す最後のメッセージ。自分が何をされ、どんな苦しい目に遭ったのか、という無念の思いを遺体を通して語れる。それを『気持ち悪い』と見ないで排除し、漫画のようなイラストでしか示すことができない裁判に、被害者の尊厳はないでしょう」
もちろん、裁判員が刺激証拠を見て卒倒したりするような事態は避けるべきだろう。しかしそのメンタルに配慮するあまり、「真相の解明」という裁判本来の目的が見失われるようでは本末転倒ではないか。
「恣意的な判断に聞こえる」
東京地裁が開催している裁判員経験者の意見交換会をまとめた議事録によると、確かに経験者からは刺激証拠の直視には否定的な声が多い。一方で、「写真を見ると殺意が分かるので見せてもらってよかった」、「写真を見ていれば、痛々しさが伝わって量刑にもつながる」、「写真を見たい人はいる。イラストだと、残虐性が分かりにくい」など、刺激証拠の採用に理解を示す意見も一定数あるのだ。
裁判に使われるイラストを自身で描いているという日本法医学会の近藤稔和理事長が解説する。
「やはりイラストだと傷の深さ、大きさ、立体感、血痕のおびただしさは表現しにくい。それがリアルに伝わらないと、行為の執拗性や残忍性、偶然性は写真に比べて分からなくなる」
イラストは検察事務官も描くが、当然、描く人の意向が反映されるため、写真や映像より客観性は薄まる。
前出の神村弁護士はこんな実情も明かす。
「検察事務官は裁判官の基準に基づいて描かないと証拠として採用されません。傷やあざがリアル過ぎると『裁判員がショックを受ける』と何度も描き直しさせられることもあります。結局、裁判官が納得しなければ、証拠採用されず、イラストすら出せない。だから従わざるを得ないのです」
写真の証拠価値は最良のはずだが、それが使われないばかりに、裁判での証人尋問に応じない法医学者も現れている。その一例が、冒頭の里菜さんの事件だ。代わりに近藤理事長が鑑定書を読み込み、証言台に立つという極めて異例の対応が取られた。
「私は腕のあざは防御創の可能性があると証言しました。防御創の存在は、被害者が防御をしているのに危害を加えたことを示すので、執拗性がある。ところが第一審は防御創を認めなかった。(裁判官の)恣意的な判断に聞こえますね。それ自体が恐ろしい」
刺激証拠を巡るこうした現場の声に対し、証拠を採用する側の裁判所は一体、どう考えているのか。
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