「貧相で、気が弱そうで…。これが大統領を殺した男か?」 オズワルドと間近で接した日本人記者の3日間 署に駆け付けた実母は「息子は犯人ではない!」と訴えた 【ケネディ暗殺秘話】
オズワルドと日本の深き縁
この日本人男性の件は、アメリカのケネディ暗殺研究者の間で長年の疑問となっていた。
オズワルドは海兵隊時代に日本の厚木米軍基地に所属しており、その頃日本人娼婦と初体験を済ませている。日本の高級バー・クインビーでホステスの“ミドリ”と関係を持ち、ニューオリンズで親キューバ活動のビラ配りをした時には周辺に日本人がおり、ダラス在住時にはパトロンの家で開催されたパーティーの席で着物を着た美人の日本人女性と親しく話していた等、日本との多数の繋がりが指摘されていた。
今年公開された暗殺関連資料にはオズワルドが撮影した膨大な写真があったが、日本の神社仏閣や下町も含まれており、彼はかなり日本に同化していたようだ。そのため、多くの陰謀論者が「オズワルドは日本滞在中に米国諜報機関に誘い込まれ、暗殺犯に仕立てられた」と唱えており、先の日本人も「記者を装った工作員ではないか」と囁かれていた。この人物は一体誰だったのだろうか?
結論から言えば、この眼鏡の角刈りの男性は、小池英夫という人物だ。小池はサンケイ新聞の記者で、同社の記者留学制度を使い全米を取材行脚中に暗殺の第一報を聞き、ダラスに取材に来ていたのだ。
これは日本のケネディ暗殺研究者の間では知られた事実であり、小池は、事件に関する回想録『私家版ケネディ暗殺事件見聞録』(自費出版版と商業出版版あり)を著してもいる。
筆者はマイヤーズにこの人物が小池英夫である事と、本人の素性を伝えた。小池の本を英訳して送ることを確約し、10月に送付した。
小池は事件後、ダラス警察でオズワルドに間近で接しているばかりか、彼がジャック・ルビーに暗殺されたその瞬間にも居合わせている。しかも、ルビーは彼の真横から飛び出し、オズワルドを狙撃しているのだ。暗殺から62年目となったこの11月22日を機に、小池の著作から貴重な証言を紹介してみたい。
地方紙に写真付きで紹介
先ず、小池が留学生記者になったいきさつから全米行脚、ダラス署に赴くまでを彼の回想録を用いて解説しよう。
「さて、かくいう小生は、立って名乗るもおこがましいが、サンケイ新聞大阪本社の社会部記者。ゆえあって、社内海外留学生として、この地に遊んでいたのである。社から与えられた留学目的は、アメリカ社会のグラスルーツ・ファッションの見聞とアメリカ英語の研修。時のサンケイ新聞社社長、老文学青年、水野成夫氏は、社内留学生の歓送の辞の中で『好きなことをやってこい。大学へ入るもよし、女郎を買うもよし……』と若いもんを激励したものである。留学期間は2年間、単身渡航で月々200ドルの現地生活費、世界一周のパンナム航空券支給という条件。この時点で、アメリカに10人、ヨーロッパに4人のサンケイ留学生がいた」
小池がアメリカへ来たのは、この年の6月1日。ロサンゼルスを振り出しに、およそ半年の間、宗教団体、慈善団体、親善団体、社会団体、教育機関、報道機関、官公庁などを回った。
単独で全米取材を行っている日本人が珍しかったのか、複数の地方紙が彼の事を写真付きで報じている。
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