トランプ政権を裏から操る”危険な新右翼たち”とは? 日本人が知らないアメリカの思想潮流に迫る
しかしトランプ政権を裏から支えているブレーンたちに注目すると、にわかにその内実が浮かび上がってくる。政権には「第三のニューライト」と呼ばれる右派の思想家たちが多く参画し、彼らのあいだで激しい綱引きが行われている結果、政権の方針も激しく揺れ動いているのだ。
では、「第三のニューライト」とは、どのような人びとなのか。アメリカ思想の研究者で、神戸大学教授の井上弘貴さんの新刊『アメリカの新右翼 トランプを生み出した思想家たち』(新潮選書)から、一部を再編集して紹介しよう。
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戦後の「ニューライト(新右翼)」の台頭
戦後のアメリカでは、前世代を乗り越える新しい右派「ニューライト」の台頭する時期が2回あった。
最初は戦後の時期である。1955年に『ナショナル・レヴュー』誌を創刊したウィリアム・F・バックリー・ジュニアやフランク・S・マイヤーらは、その他の保守の潮流との競合に打ち勝ち、主流の座を獲得していった。
かれらはニューライトと呼ばれ、ニューディールを同時代的に批判したオールドライトたちを継承して、個人の自由と権利をなによりも擁護するリバタリアニズムの立場を採るとともに、カトリック信徒だったバックリー・ジュニアが典型であるように、個人を超えた道徳秩序の存在を信じた。またかれらは強固な反共主義者でもあり、孤立主義の傾向が強かったオールドライトとは一線を画して、東側の共産主義陣営との妥協なき対決を求めた。
要するに、リバタリアニズムと伝統主義とも呼ばれる道徳主義を反共主義によって結びつけた融合主義(フュージョニズム)という思想が、戦後「第一のニューライト」が掲げた立場だった。
レーガン政権の誕生を後押しした「第二のニューライト」
「第二のニューライト」は1964年のバリー・ゴールドウォーターを共和党の大統領候補とした選挙戦を画期として登場し、1970年代にかけて隆盛を極めた。ポスト公民権の時期、アメリカ社会の既存の価値観の見直しや懐疑が進んだ反動として、キリスト教に根差した伝統的価値観の復権を掲げる社会保守が台頭した。
「第一のニューライト」のなかの道徳主義をより強めた潮流が、「第二のニューライト」だった。かれらは、「第一のニューライト」の論者たちや、そこに合流していったネオコンが帯びていたエリート主義の傾向に批判的であったものの、戦後保守の正統な座を奪おうとすることはなかった。「第一のニューライト」たちは変わらず健在であり、それは1980年代のレーガン政権のもとで最盛期を迎えた。ネオコンと対立したペイリオコンの人びとや、あるいは極右の諸集団や陰謀論的な人びとのように、主流とは相容れない傍流は引き続き脇へと追いやられていた。
トランプ政権の誕生と「第三のニューライト」
しかし今日、状況は大きく変化しつつある。主流と傍流の区分を壊す尖兵として、白人ナショナリズムの潮流から生まれたオルトライトが、トランプの登場にあわせて表舞台に躍り出たが、その後を継ぐかたちで、国外の動きとも連動した「第三のニューライト」が台頭している。この「第三のニューライト」をめぐっては、現在は複数の潮流が競合する状況にあり、最終的にそれがどのような形態をとるか、予測不能の部分が多い。
「第三のニューライト」を形成している潮流のひとつは、ナショナル・コンサーヴァティズム(国民保守主義)、略してナトコンと呼ばれる論者たちである。ナトコンの代表的人物として知られているのが、アメリカで教育を受けたイスラエルのシオニスト、ヨラム・ハゾニー(1964?)である。ハゾニーは仲間たちとナトコンの普及をはかるための団体「エドマンド・バーク財団(The Edmund Burke Foundation)」を2019年に設立し、アメリカ国内とヨーロッパで国際会議を継続的に開催してきた。
国民国家からなる世界こそが最良であると考えるハゾニーは、リベラリズムに依らずに、聖書の宗教、つまりユダヤ教とキリスト教の伝統と価値に立脚した「保守民主主義」の確立を掲げている。ハゾニーの力点は主にナショナリズムに置かれてはいる。だが、国民国家を支える政治的原理を構想する際にリベラリズムに頼る必要はないと主張する点で、ポストリベラル右派と共同歩調をとっている。
そのハゾニーは、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃後、イスラエルによるガザ侵攻が続くなか、イスラエル擁護の論陣を張ってきた。2024年2月、ハゾニーは渡米し、ノートルダム大学で講演をおこなっている。講演の主題は大学キャンパスでの言論の自由だった。ハーバード大学をはじめとしてアメリカの各地の大学でイスラエルにたいする学生の抗議活動が続いているが、言論の自由を隠れ蓑として反ユダヤ主義がアメリカに蔓延している。口調こそ淡々と穏やかだったものの、このようにハゾニーは非難した。
ハゾニーに言わせれば、言論の自由が、言論の自由を破壊するために、あるいは「名誉と相互尊重の交換の可能性」を排除するために利用されている場合には、それは何らの役割も果たさない。現在のアメリカ各地の大学キャンパスで起きていることは、ネオマルクス主義の左翼による扇動にすぎないとハゾニーは断じた。イスラエルによるガザ攻撃の仕方に疑問が呈されるなか、ハゾニーは強硬な態度を崩していない。
「ポストリベラル右派」とは何か
ピーター・ティールや、イーロン・マスクのようなテックビジネスを牽引する人びとが紡ぎ出している思想も、今後「第三のニューライト」の形成に影響をおよぼすことが予想される。そしてオルトライトの置き土産である極右思想も、これまでよりも表舞台に姿をあらわしている。ナトコン、トランプに傾倒するシリコンバレーの有力者たち、極右主義、これらに加わるのがポストリベラル右派である。
ポストリベラル右派の代表的な論者として、ノートルダム大学のパトリック・J・デニーン、ハーバード・ロースクールのエイドリアン・ヴァーミュール(1968?)、在野のロッド・ドレアやソーラブ・アーマリらの名前を挙げることができる。かれらは過去のニューライトと同様に、キリスト教保守が中心を占めており、とりわけカトリックが多い(上記のなかではドレアのみ、現在は東方正教会である)。
ポストリベラル右派たちは、ふたつの点で従来のニューライトと隔絶している。まず、過去のニューライトとは異なり、アメリカの体制それ自体にたいする批判を強めている。今日の急進的なリベラルや左派と全面的に対峙するためには、保守は古典的自由主義を含めたリベラリズム全般と手を切るべきであるというのがポストリベラル右派の主張である。アメリカの建国の礎とも言えるジョン・ロック以来の古典的自由主義からの離脱を求めるところに、旧来の保守と一線を画すかれらの特徴がある。
つぎに、かれらポストリベラル右派は、市場や企業に明確な敵意を抱いている。以前のニューライトとは異なり、かれらにとって道徳と市場との調和は自明ではない。社会的正義の推進とマーケティング戦略を結びつけたグローバル企業は、自分たちの敵であるリベラルの味方である。そうであれば、従来のニューライトとは異なり、今や企業さえ味方につけた左派との文化戦争に立ち向かうため、自分たちは国家権力にもっと全面的に依拠すべきである。かれらはそう考えている。
「オルバン首相率いるハンガリー」に心酔する右派たち
そのようなポストリベラル右派にとって、理想の国家はいまやアメリカではなく、キリスト教の価値観を擁護した政策を推進する東欧の国ハンガリーである。 ポストリベラル右派は、ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相に共感をもって言及するだけでなく、実際にオルバン自身と関係を構築している。
たとえば、デニーンは過去にハンガリーを訪れ、オルバンと個人的に会談している。ハンガリー政府のサイトの発表によれば、デニーンはオルバンとの会談の際、ハンガリーでの家族をめぐる政策を賞賛し、家族の価値を前提としたローカルな共同体の重要性を述べた。そのような共同体を強化するのが国家の責任だという点についても、両者は合意したという。
ドレアもまた2021年から、ハンガリーのブダペストに設立された、フィデス(オルバンが党首を務める与党・青年民主連盟の略称)が資金を出している保守系シンクタンクのドナウ研究所の客員フェローとして滞在し、ハンガリーとオルバンを肯定的に論じる多くの論考を発信した。
ドレアは現在もブダペストに定住しており、『ジ・アメリカン・コンサーヴァティヴ』誌を離れ、オンラインの『ザ・ヨーロピアン・コンサーヴァティヴ』誌への寄稿を始めている。従来とは異なる新しい右派の台頭と、新しい右派同士が互いに連携する動きが、大西洋を横断するかたちで水面下で起きている。
※本記事は、井上弘貴『アメリカの新右翼 トランプを生み出した思想家たち』(新潮選書)の一部を再編集したものです。












