「主題歌はまず大物ミュージシャンありき」という朝ドラの“常識”は見直してもいいのではないか

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歌詞の「西」と「夕日」の理由

 大晦日夜のNHK「紅白歌合戦」にハンバート ハンバートが初出場する。朝ドラこと同局連続テレビ小説「ばけばけ」の主題歌「笑ったり転んだり」を歌っている夫婦デュオである。哲学的にも聴こえるこの歌の歌詞を読み解く。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 紅白の出場歌手が何を歌うかが発表されるのは例年12月20日前後。もっとも、ハンバート ハンバートの場合、「笑ったり転んだり」を歌うのは間違いない。哀愁に満ち、切なくなる歌だが、聴後感は不思議といい。独創的な作品だ。

 歌詞には随筆家・小泉八雲と、その妻・セツの人生や人物像が織り込まれている。2人は「ばけばけ」のレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)とヒロイン・松野トキ(高石あかり)のモデルである。

 詞を書いたハンバート ハンバートの佐藤良成は、事前にセツの著書『思い出の記』(博文館、1911年)を繰り返し読んだという。この本には八雲とセツの出会いから、八雲の死まで書かれている。だから歌詞には夫妻の素顔が刻み込まれている。

 歌詞の2番には「夕日がとても綺麗だね」とある。さらに「黄昏の街 西向きの部屋」とも。八雲は「夕焼け」と「西」が大好きだった。セツはこう書いている。

「方角では西が一番好きで書斎を西向きにせよと申した位です。夕焼けがすると大喜びでした。これを見つけますと、すぐに私や子供を大急ぎで呼ぶのでございます。いつも急いで参るのですが、それでもよく『1分後れました、夕焼け少し駄目となりました。なんぼ気の毒』などと申しました」(『思い出の記』)

 八雲は「朝日」より「夕日」に惹かれた。日が昇る「東」や日当たりの良い「南」より、日の沈む「西」を好んだ。華やかなものより、わびしいものを愛したのである。

 歌詞の締めくくりは「今夜も散歩しましょうか」。散歩も八雲が愛した趣味だった。全108ページの『思い出の記』には、散歩という言葉が実に21か所も登場する。

 八雲が島根県松江市にやって来たのは1890(明治23)。物語のヘブンと全く同じだ。それから1年3か月後、八雲は熊本県熊本市の旧制第五高(現熊本大)に移る。内縁の妻になっていたセツも一緒だ。熊本入り直後のエピソードに八雲の散歩好きと人柄がよく表れている。

 1人での散歩から帰った八雲はセツに対し、「大層面白いところを見つけました、明晩散歩いたしましょう」と、誘った。次の日の夜は闇夜。セツはその夜の様子をこう書いた。

「宅を二人で出まして、淋しい路を歩きまして、山の麓に参りますと、この上だと云うのです。草のぼうぼう生えた小笹などの足にさわる小径を上りますと、墓場でした」(『思い出の記』)

 八雲にとっては夜の墓場が面白いところだった。さすがは怪談蒐集家として名高い人である。セツはゾッとしたことだろう。

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