巨匠「松本零士」逝去から2年を経て「未完の超大作」が刊行…「松本先生のナマ原稿は異様なまでに重かった」元担当編集者が明かす連載時の秘話

エンタメ

  • ブックマーク

“故郷”に帰ってきた「松本零士展」

 この夏、東京・六本木の東京シティビューで開催され、大盛況だった「松本零士展 創作の旅路」が、現在、福岡・JR小倉駅前にある「北九州市漫画ミュージアム」に巡回しています(2026年1月12日まで)。

 といっても、この展覧会は、同ミュージアムの学芸員・表智之さんが監修したので、巡回というよりは、“故郷”にもどってきたようなものです。というのも、松本先生は、北九州市(小倉)出身で、同ミュージアムの名誉館長をつとめていたのです。よって、いまでも常設展示のかなりの部分を松本零士関連が占めており、その意味でも、こここそが、理想の開催地ともいえるのです。

 当然ながら、東京会場よりは小ぶりのスペースですが、その分、約300点もの原画を、間近で見ることができて、ファンには、たまらない展示となっています。東京では早々と完売になったグッズも、そろって販売されています(常設会場では、東京では入手できない、同ミュージアムのみのオリジナル・グッズも販売されています)。

 地元の方はご存じでしょうが、小倉駅周辺は、“松本零士だらけ”です。新幹線の発車メロディは「銀河鉄道999」主題歌です。モノレールにも「銀河鉄道999」号があり、構内のベンチには999の車掌さんが。駅前にはハーロックやメーテル、鉄郎の銅像。マンホールの蓋までもが、メーテルなのです。もちろん、北九州空港も、メーテルだらけです。

 そのような町で「松本零士展」が開催されている時期に、連載開始以来、35年ぶりに、未完の超大作「ニーベルングの指環」が復活したというのも、なにかの縁のような気がします。

〈松本リング〉は、魔力をそなえた指環をめぐって、全宇宙の支配をねらう神々一族と、自由を愛するハーロックやトチローたち(一種の“革命軍”)が争奪戦を繰り広げる、壮大なスケールの物語です。もちろん、ワーグナーのオリジナル楽劇どおり、指環が葬られ、宇宙に平穏が訪れるというラストになる予定でした。

 しかし、クライマックス、神々との最終決戦の直前で、連載は中断してしまいました。中断となった最終話では、主神ヴォータンの娘たちである〈ワルキューレの乙女〉が、こう叫んで、神々の住む惑星要塞ワルハラを裏切ります。

「ヴォータンは宇宙の創造者ではない 小さなワルハラなど取るに足りない世界だ!! 私たちは信じるがままに全宇宙を駆ける!!」

 そして、最終コマの字幕ナレーションは、こう結ばれています。

「ワルハラなど小さな空域にしか過ぎぬ。ヴォータンなどゴミに等しい。もうすぐすべてが解る。」

「もうすぐすべてが解る」――これが、松本零士の“最後の作品”の、そして「最後のことば」でもあったのです。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。