巨匠「松本零士」逝去から2年を経て「未完の超大作」が刊行…「松本先生のナマ原稿は異様なまでに重かった」元担当編集者が明かす連載時の秘話
「パソコンで読むマンガ」とは
こうしてスタートし、1992年には第1巻の単行本も刊行できました。そして、第2部「ワルキューレ」を始めようというとき、「中古車ファン」が休刊になってしまいました。
またも連載媒体を探さなければ……と思いながら数年たったころ、「インターネット」が登場しました。新潮社でも、ウェブサイト「Web新潮」をスタートさせることになり、1997年4月から、同サイトで連載再開できることになりました。
この第2部「ワルキューレ」は、爆発的アクセスを記録しました。1997年のインターネット人口普及率は、わずか9.2%です。そのころに、1日最大40万アクセスを記録していたのです。
松本先生は、この日本でほぼ最初の「パソコンで読むマンガ」を、とても面白がって、いろいろ工夫してくださいました(いうまでもなく、まだスマホはありません)。
たとえば、縦長の1頁分の原画を、上から下へスクロールすることで、アニメーションを見ているような構図を考え出されました。宇宙船が、はるか彼方からこちらへ迫ってくるシーンなど、迫力満点でした。
いまでも忘れられないのは、女戦士ブリュンヒルデの全身が描かれたシーンです。最初は、カッコいい上半分が画面上にあらわれます。さらに画面を下へスクロールさせると、美しい下半身が……。松本先生ならではの、サービス精神満点の“演出”でした。
その後、「ニーベルングの指環」、通称〈松本リング〉は、順調に進み、第3巻「ジークフリート」まで刊行しました。そして後輩スタッフの助けも借りながら、ついに最終第4部「神々の黄昏」に突入します。しかしそのころから、どうにも先生の仕事が立て込んで、2000年12月、第36回で、一時休載となりました。そろそろ、神々との最終決戦だったのですが……。
もちろん、その後、何度も再開のお願いをしました。そのたびに「必ず完結させますから」といわれていましたが、宝塚造形芸術大学(現・宝塚大学)教授などのお仕事も加わり、なかなか再開できませんでした。
結局、第4部は未完につき、新潮社では単行本化できませんでした。しかし、今年、大規模な松本零士展が開催されるにあたり、零時社社長で、松本先生のご長女・松本摩紀子さんと小学館クリエイティブから、未完部分も含めた全4巻の完全版を刊行したいとの相談を受けました。現在、松本作品の多くは、同社から「完全版」となって、続々、刊行されています。このまま中途半端なままでいるよりは、それら一連のシリーズと一緒に刊行されたほうが、よいに決まっています。
幸い、第4巻の原画は、全部、新潮社の倉庫に残っていました。1回が約10枚の連載でしたから、未完とはいえ「36回」ということは、約360頁で、十分な長さがあります。意外だったのは、“休載お詫びイラスト”も、ほとんど残っていたことです。連載中、しばしば、掲載(更新)が間に合わず、休載したことがあります。そのたびに松本先生は、とても楽しい“お詫びイラスト”を届けて下さっていました。今回は、それらも収録されました(こんな漫画本は、珍しいと思います)。
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