今の立憲民主党に「高市政権」樹立を止められるか…「野田佳彦」代表が訴える共闘が「理念なき野合」と批判されてしまう理由

国内 政治

  • ブックマーク

民社党と国民民主党の共通点

「1960年、社会党右派が新党を結成し、民社党が誕生しました。民社党は全日本労働総同盟(同盟)つまり民間の労組を主な支持母体とし、社会党は日本労働組合総同盟(総評)つまり公務員の労組である官公労を主な支持母体としました。こうした分裂状態は問題が多いとの反省に立って80年代に日本労働組合総連合会(連合)が誕生したわけです。とはいえ、民間労組と公務員労組の対立、左派的な議員と右派的な議員の対立は根深く、連合が誕生しても融和することはありませんでした。右派と左派の対立は今も残っており、社会党から民社党が誕生したのと同じ理由から、立民から国民が誕生したのです。完全に価値観の異なる政党同士よりも、なまじ国民と立民は政治姿勢や支持母体に似たところがあるため、一度“近親憎悪”が生まれると不和が深刻なものになります。国民と立民の間に隙間風が吹く最大の理由だと言えるでしょう」(同・伊藤氏)

 失われた30年という言葉がある。日本人の多くはバブル崩壊後、全く収入が増えなかった。一方で税金や社会保障費の国民負担率は5割に達することが確実視されている。

理念を示さない野田氏

「なぜ日本経済が30年間も停滞したのか、誰の責任なのかと言えば、これは自民党政権の失政が原因です。この期に及んで自民党政権の存続を許したら、日本の衰退は止まらなくなる可能性があります。そのため野田さんが政権交替を訴える気持ち自体は理解できます。しかし自民党政権のどこに問題があったのか、どういう政策を採れば日本が復活するのか、野田さんは方向性を明確にする責任があるはずです。野田さんは方向性を指し示し、『この方針に賛同する野党は集まってほしい』と呼びかけるべきでした。今、野田さんが行っている呼びかけでは、有権者がネット上で『理念なき野合』と批判するのは仕方ないでしょう」(同・伊藤氏)

 野田氏は「十数年に一回の政権奪取のチャンス」と今が非常事態であることを強調し、安住淳幹事長は「理念のすり合わせは後の協議で可能だ」と訴えている。

 だが政治学者など一部の専門家や識者は「1993年に誕生した非自民・非共産連立政権、つまり細川護熙内閣には、しっかりとした理念があった」と反論している。伊藤氏も同じ考えだという。

次ページ:理念が存在した細川内閣

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。