人はなぜ「赤ちゃんの頭の匂い」に惹かれるのか 再現した香水を神戸大発ベンチャーが発売
落ち着ける、安らぐ、何とも言えない不思議さ……。さまざまな言葉で表現される「赤ちゃんの頭の匂い」を再現した香水が、抽選販売となるほどの人気を博している。開発・販売を手がけるのは、神戸大学発のベンチャー企業「センツフェス」(兵庫県宝塚市)。同社代表は「赤ちゃんが匂いで母親や周りとコミュニケーションを取っている可能性を考え、研究開発を進めてきた」と話す。
【写真】「赤ちゃんの頭の匂いの香水」実物と、その製造過程 ほか
匂いや味の感覚が専門 ただし研究対象は昆虫
センツフェスが今年6月に発売した香水「Poupon pure(プポンピュア)」(3300円)。フランス語で「生まれて間もない赤ちゃん」を意味する「プポン」と、英語の「ピュア」を合わせた言葉だ。
「なぜ赤ちゃんの頭はこんなにいい匂いがするんだろう、不思議だなあ、という思いや関心は、私が神戸大理学部生物学専攻の教授を務めていた頃からありました」
こう話すのは、センツフェスを2023年12月に創業した尾﨑まみこ社長だ。尾﨑社長は匂いや味といった感覚を専門とする理学博士。もともと研究対象は昆虫だったが、神戸大退職を2年後に控えた2018年に学術振興会に申請していた「赤ちゃんの頭の匂い」に関する研究が採択されたのを機に、人間を対象に取り組み始めたという。
「私は昆虫ではなく人間なので、人間の研究に手を着けないまま研究生活を終わるのは寂しいなと思って、欲が出たんですね(笑)。赤ちゃんの身になって考えれば、お父さんやお母さんをはじめ、みんなに好かれたいという生物学的本能があってもおかしくないはず。赤ちゃんの頭の匂いが言葉に代わるメッセージ、コミュニケーションツールとして使われているのではないか、と思いついて始めた研究でした。採択された年に特設された研究グループに加えてもらったのですが、周りは人間を対象として研究を続けてこられた方たちばかり。しかも言葉によらない“ノンバーバル”の社会的なコミュニケーションの研究などをされている文系の方が多かったところに、それまで敵・味方を見極めるアリのフェロモンを研究していた、私のようなものが入ったのです(苦笑)。でも全く分からないところから研究方法などの勉強ができたことは助かりました」
赤ちゃんは匂いでコミュニケーションを取っている?
2020年、新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、つけっぱなしにしていたテレビから「児童虐待」という言葉が聞こえてきたことも、本格的な研究を行う動機となった。
「新生児が被害にあったニュースではなかったんですが、そこから赤ちゃんのことをいろいろ考えたんです。この世に生まれてきて言葉が喋れない赤ちゃんは、匂いでコミュニケーションを取っているのだろうなということを、もう少し突き詰めて考えたいな、と。それにお父さんやお母さんは育児で疲れるんです。こども家庭庁ができたり、自治体も育児対策や子ども対策に力を入れたりしていますが、本当にしんどい時には動けない。もう何十年も前になりますが、私が母親だった頃を思い出してみると、電話をしようと思って電話機まで這いずって行くのもしんどかったんです。そんなときに手の届く範囲で助けになるものがあるといいな、と思ったんです。それが赤ちゃんの頭の匂いではないのかと」
2020年、神戸大を退職したことで、自由に使える時間が増えた。研究にとどまらず、事業化に移すための支援を受けようと、「国立研究開発法人科学技術振興機構」に申請し、研究・開発資金援助を受けられることになった。一時はコロナ禍で研究できなかったため、もともと設定されていた2年間を少し超える期間で成果をまとめ上げ、報告。赤ちゃんの頭の匂いがする製品を商品化するための基礎データが揃った。
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