人はなぜ「赤ちゃんの頭の匂い」に惹かれるのか 再現した香水を神戸大発ベンチャーが発売
化学式が書けなかったけど……
理系ではあるものの、生物学が専攻で、化学は専門外だった。
「同じ理系でもそれぞれ得手不得手があり、私はもともと化学式もよう書けない人だったんです(苦笑)。大学には研究生として残り、やっと京都工芸繊維大学の先生になったのは44歳のとき。たまたまアリのフェロモンを専門に研究する先生が、生物有機化学の教授になり、助教授(現・准教授)を募集していたので応募したところ、採用されたんです。化学の研究はもう初めてに近かったので、本気で勉強しないと、と必死に取り組みました。ただ、研究していたのは『アリが出すフェロモンに対し、相手のアリがどうやって受け取って応じているか』というテーマ。どちらかと言えば純粋な化学ではなかったのが良かったのかもしれません。アリとヒトを一緒にするのはどうかと言われるかもしれませんが、『頭の匂い』のアイデアを思いついてからも、アリでの研究の進め方や考え方などを、人間の赤ちゃんのコミュニケーションにどう活かしていけばいいかと考えて研究を続けました」
生物を学び、急ごしらえながら化学も学び、そして以前の研究グループで人文系の心理学などの考え方も少しずつ身に着けることができたことが、大いに役立ったという。
2つのブレークスルー
赤ちゃんの頭の匂いを再現するにあたっては、2つのブレークスルーがあった。ひとつは分析する機械による技術的なものだ。
「赤ちゃんはデリケートですから、どうやってストレスなく、やさしく頭の匂いを採取するかが課題でした。匂いを吸収するビーズを使って集め、分析することにしたのですが、それまで使われていた機械では、必要な匂いの成分と、そうでない不要な成分をうまく分けることができなかったんです。そこで米国発で元素分析や質量分析の装置を扱うLECOジャパンの分析器を用いることで、赤ちゃんの頭の匂いにどういう匂いの成分があるのかを一つ一つ知ることができました」
もう一つは倫理的なブレークスルーだ。アリなどと異なり、研究対象である生まれたばかりの新生児をおろそかに扱うことはできない。
「生物学時代の友人の伝手をたどり、浜松医科大の産婦人科に協力をお願いできることになりました。5組の新生児とそのママに協力してもらい、2019年にいちど論文を書きました。その後、さらに20組のデータをいただいて、現在その論文をまとめています。誕生直後から生後5日までの赤ちゃんの頭の上に20分間、ビーズを乗せて匂いを吸収させてもらうのですが、もし赤ちゃんがひどくぐずったりすれば、リラックスした状態の匂いでなくなってしまう。ですが、この時は20人の赤ちゃんすべてから良い状態で匂いを採取することができました」
こうして分析された“生まれたばかりの赤ちゃんの頭の匂い”は男の子、女の子に限らず同じ傾向の匂いで、その後の育成環境などによって、個性的に変化していくのだという。まだ起業前だった尾﨑社長に代わり、浜松医大と神戸大が特許権を取得。その独占的実施許諾権を得て商品化したのが、プポンピュアだ。
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