「僕、手加えちゃっていい?」――木梨憲武にタブーの垣根はない 福祉施設のアーティストたちとのコラボ現場

エンタメ

  • ブックマーク

実家の自転車屋さんに送った手紙

 会場に一歩足を踏み入れた瞬間、透明度の高いパワーに圧倒され、そのまま何時間も、何往復も会場を歩き回って作品に見入った。

 木梨の生まれ持った勘の良さと、表現の中心に据えられた愛、そして実際目の当たりにして感じるのは、瞬発力にも運動神経にも似た画力だった。

「タレント」として歩んできた人生が、まるで作品のための肥やしであったかと思うほどに、木梨憲武の到達点を見たように感じた。観る作品一つひとつを、私は胸に抱きしめて何時間も過ごし、それでも離れ難い気持ちで会場を後にした。

 木梨憲武と滋賀県の福祉施設やまなみ工房。接点のなさそうなこの二つは、一体いつどこで出会ったのだろうか。

 始まりは10年以上も前にBSで放映された木梨の制作ストーリーだった、と山下は語る。

「その番組を見たとき、木梨さんの制作する姿と作品にすごく興味を持ちました。その時からずっと、いつか木梨さんにやまなみ工房の作品を見ていただきたい、そう思っていました」

 この思いを胸に温めたまま、年月が過ぎ、そして2冊目の『やまなみ工房作品集』を出版することになった2年前、「これを木梨さんに送ろう」と思ったという。

「それでも、木梨さんとのツテは全くないし、住所も知らない。でもご実家が自転車屋さんをされていることは知っていましたから、そこなら調べれば住所はわかる。木梨さんの目に触れるかどうかはさておき、とにかく画集に手紙と小さな焼き物の作品『正己地蔵』を一緒に入れて送りました」

 その後、山下のケータイの留守電に、木梨憲武の声が吹き込まれていた。

 山下は驚き、信じられない思いだったという。

 山下は話をするためにすぐに木梨の事務所を訪れた。そして木梨も「ぜひみんなに会いたい」とすぐにやまなみ工房にやってきた。

「この人の話聞かせてよ」

 障害のある人と関わる時に一番の壁になるのは、自分自身の心の壁である。木梨が初めてやまなみ工房を訪れた時の様子はどうだったのだろうか。

 山下はこう語る。

「木梨さんにやまなみ工房のすべての人を紹介するのは時間的に失礼にあたるかもしれない、一人二人飛ばしながら案内しなくちゃいけないかな、と思っていました。そんな時に、『この人は?』と木梨さんの方から声をかけて歩み寄ってくださったんです。制作していない人にも寄って行って『この人は何が得意なの? この人の話聞かせてよ』と自ら言ってくれました」

 山下は、作品以上に障害のあるその人自身に興味を持って接する木梨の姿がとても嬉しかったという。

「僕たちは『とんねるずさん』とか『木梨さんの持つキャラクター』とかではなく、やまなみ工房に来てくれた一人の魅力的な人が『一緒に何かしないか』と機会をくださってる、とそんなふうに感じています」

 こうして2年前に初めて顔を合わせてから、木梨がやまなみ工房に声かけしたプロジェクトは、東京ドームシティでのイベント、洗剤のパッケージ、そして今回の展覧会、と回を重ねている。

「俺気味の人たち」

 これは木梨が度々口にする言葉で、やまなみ工房を「俺気味の人たち」と木梨が捉えているのは明らかだ。

 では木梨がいう「俺気味の人たち」とは一体どういう人たちなのだろうか。

次ページ:人の手をモチーフにした図録

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。