世界遺産ゼロ「ブルネイ」ってどんな国? 古市憲寿が行ってみた結果「山口県宇部市と寂れ具合が似ている」

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 なぜ買ったのかも覚えていない『地球の歩き方』が部屋に放ってあった。手に取ると表紙には「マレーシア ブルネイ」の文字。ブルネイ。正直、どこにあるどんな国かもピンとこない。だが成田空港から直行便が出ていることが分かった。その名もロイヤルブルネイ航空。ウェブサイトを見ると何だか信頼できそう。価格も手頃。乗り継ぎでクアラルンプールやコタキナバルにも行ける。

 というわけでブルネイに行ってきた。成田から約6時間。石油と天然ガスの出る裕福な国で、所得税や消費税はゼロ。教育や医療はほぼ無料。国教はイスラム教。ドバイやアブダビのような派手な国かと思ったら、全然違った。すごく地味なのである。それもそのはず、人口は50万人足らずで、面積は三重県ほど。

 街に降り立ち、「最近こんな感じの場所に来たことがある」と記憶を手繰ったら、山口県宇部市だった。調べてみたら、宇部市とブルネイ首都の人口はほぼ同じ約15万人。寂れ具合がどこか似ているのである。高層ビル群もないし、巨大モールもない。観光地も限られていて、「世界遺産が一つも登録されていない国」なのだという。167カ国には少なくとも一つは世界遺産があるので「ない国」はむしろ少数派である。

 こんな街で人々はどんなふうに暮らしているのか。たくさんの人に話を聞けたわけではないが、総じて中高年ほどブルネイに満足している印象だった。「この国はゆっくりなのがいいね。頑張らなくていいんだ。ここ以外だとサバイバルできないよ」と語るのは51歳。なんでもブルネイでは55歳定年が珍しくないのだという。ちなみにみんな「英語が下手でごめん」と謙遜しながら、アメリカと関税交渉に臨んだ赤沢大臣くらいは話せた。

 若者は退屈そうである。娯楽といえば映画館と古びた遊園地があるくらい。あとはハイキング、サーフィン、バーベキューなど屋外アクティビティーが中心。アルコールやタバコは禁止。クラブなどのナイトエコノミーは皆無(小さな夜市はある)。近年は宗教的締め付けが厳しくなり、LGBTや婚外交渉も処罰される可能性がある。海外へ出て行く若者も少なくない。

 かつては派手なスキャンダルもあった国だ。1990年代、王族の一人が不正に手を染め、1兆円以上の国家資金を溶かしたのだ。だが今や静かなもの。王族の浪費アピールは鳴りを潜め、アブドゥル・マティーン王子が王室インフルエンサーとして活躍するくらい。

 夕暮れ時。モスクからアザーンが流れ、人々は礼拝へ向かう。ほとんどの店は閉まり、街はゴーストタウンのようになる。日本への帰国便は深夜だったが、やることもないので少し早めに空港へ行くことにした。だが空港にこそ入れたものの、保安検査や出国審査場にはスタッフが誰もいない。便が限られているためフライト時間が近づくまでは閉鎖されているのだという。ブルネイ、行ってみたくなりましたか。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年10月9日号掲載

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