「始めてスキーに行った」「今だにガラケーを使っている」に違和感を覚えるも…実は“間違いではない”漢字表記

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3つの理由

 ここまででも、「漢字表記の議論は甘いもんじゃない」ということがわかってきました。私自身もピリピリしています……。ではなぜ「渡って」「うず高い」などがしばしば「間違い」と言われてしまうのでしょうか。ここでは、私が考える3つの理由を挙げます。

 第一に、新聞の表記基準との混同です。

 新聞の表記基準は各社で細かく定められており、こういう表現の時はこの漢字を使う、もしくは難読・常用外のためひらがなで書く、などのルールがあらかじめ決まっています。

 例えば、共同通信社の『記者ハンドブック 第14版」(以下「記者ハン」)を見ると、「わたる」に関しては「渡る」と「亘る(亙る)」の使い分けの例が示されていました。

 他に原稿でよく見かける例として、「家が立つ」「家が建つ」というのも「記者ハン」では区別されていて、「家が立つ」は“存在している”とき、「家が建つ」は“建築される”ときに使う、と書かれています。つまり、記者ハンの基準では、「臨海部に10年前から建つタワーマンション」という文章の「建つ」は「立つ」に変更すべきだ、ということになります。

 しかし、新聞の基準が世の中のすべての漢字表記に適用されるわけではありません。「亘る」「渡る」については前述の通りで、「建つ」「立つ」についても記者ハンにあるような区別をしていない辞書が多いのです。

 そのため、「新聞では○○という表記は使わない」といった投稿・記事があったとしても、それはあくまで「新聞では」の話であり、「あ、○○っていう表記は間違いなんだ」と即座に解釈してはならないのです。発信する側も色々と工夫なさっていますが、受け取る側もこの点には気を付ける必要があります。

編集的な観点

 次に、「辞書ごとの解釈の違い」というのがあります。

「日本語には正書法がない」と言われます。そのため、辞書によって漢字表記の許容範囲が異なるのはある意味、当然のことなのです。複数の辞書を確認することを怠れば、狭い許容範囲のみで判断することになってしまいます。

 最後に、「読みやすさ」という編集的な観点と、「正しさ」という考えとの混同です。

 例えば、A、B、2種類の表記のうち、100人中90人がAのほうが「読みやすい」と感じ、Bは間違いではないかと感じる人がたくさんいるのならば、「編集的な観点から」Aの表記を編集者が提案する、というのは商業出版ではよくあることです。

 編集者が「始めてスキー場に行った」という表記に違和感を持っているのならば、著者に「『初めて』にしませんか?」とお伺いを立てることはできますよね。

 ただ、この場合ももちろん、Bの表記がダメと言っているわけでは決してないのです。また、媒体やジャンルの“慣習”から、この時はこの表記はあまり使わない、といった不文律が出来上がっている、というケースもあります。「追及」「追求」「追究」といった同音異義語の使い分けにおいても、同じようなケースがみられます。

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