このメガネは「見えなすぎる」、それとも「見えなさすぎる」? 「ら抜き言葉」より悩ましい「さ入れ言葉」という難題
「見えなすぎる」「見えなさすぎる」
しかし、ここまでで「誤りとされる」と紹介した表現を、本当に「間違い」と断定して良いものなのでしょうか。
「あなたは常識を知らなさすぎる」という、「さ」を入れた言い方も日常的にはよく耳にしますよね。さらに、文章上でも「さ」があったほうが否定の意味合いがはっきりわかりやすい、という気がしなくもないのです。次の3つの文を見てください。
5.このメガネは見えすぎる。
6.このメガネは見えなすぎる。
7.このメガネは見えなさすぎる。
この5番と6番は、「な」というたった1文字があるかないかだけで、意味がまったく逆になります。たった1文字です。その点、7番は(文法上はもともと正統ではないのですが)「なさ」の2文字で否定を表しているため、特に会話で使う際は意味が取りやすいようにも思えます。しかも、世間では6番より7番の「さ入れ」が自然と感じる方が圧倒的に多いのです。
毎日新聞校閲センターさんの調査では、7番のような「さ入れ」の表現を使う人が63.8%、6番のような(文法上は正しい)表現を選んだ人は26.1%という結果でした(『「取れなそう」か「取れなさそう」か…「さ」を入れる?』 「毎日ことばplus」ホームページより)。
なぜ「見えなさすぎる」が多用されるのでしょうか。お茶の水女子大学准教授の橋本陽介さんは、次のように分析しています。
〈「なそうだ」「よそうだ」だと短すぎるという判断が働くのでしょうか。あるいは、「ない」「よい」は元々「なし nasi」「よし yosi」からの発展形なので、その元々あったsが残っているのでしょう〉(新潮選書『日本語の謎を解く』より)
もっとややこしい「さ入れ」の例も
さらに、最上級のややこしいポイントがあります。動詞の「ない」(さ入れ必要)なのか助動詞の「ない」(さ入れ不要)なのか判別がつきにくい、と言うよりどちらとも解釈できる例もある、ということです。
教科書などを出版する「教育出版」のホームページにとても分かりやすい例が載っていました(『「言葉のてびき」Q32 「少なそうだ」か「少なさそうだ」か』)。以下は、それをアレンジした例文です。
8.そのゲームはくだらなそうだ。
9.そのゲームはくだらなさそうだ。
10.彼はとても情けなそうな顔をした。
11.彼はとても情けなさそうな顔をした。
まず、8番と9番は、辞書上では8番が正しいのですが(「くだらない」というズヌ活用の形容詞なので「さ」は不要)、一般にはむしろ、「くだらなさそうだ」のほうがよく使われているのではないでしょうか。
これを文法的に解釈すると、「くだらない」という一つの形容詞ではなく、「くだら」と「ない」がまるで別々のものとして捉えられているかのようです。似た例として「つまらなそうだ」「つまらなさそうだ」などもあり、校閲の現場でもたまに混乱してしまいます(もしかして私だけでしょうか)。
次に、10番と11番は、さらに込み入った例です。「情けない」という一つの形容詞として見れば10番となりますし、「情けが無い」の「が」を省略したものと考えれば11番も正しいと言えます。日常ではあまり使われませんが、「情けない」には「思いやりがない、無情である」という意味もある、と諸辞書に載っています。文法上は10番がやや優勢という気もしますが、こちらも実際には11番の「情けなさそうな」のほうをよく見かけます。
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