最高峰ミラノ・スカラ座で「脇園彩」が主演… 実はスゴい「日本人オペラ歌手」たち
欧米人の観客からの大きな拍手喝采
ドジャーズの大谷翔平選手が、大リーグ史上6人目となる2年連続50号ホームランを打つ前日の9月15日。ミラノ・スカラ座では、その晩の公演でヒロインを務めた日本人オペラ歌手(メッゾ・ソプラノ)の脇園彩が、客席から大きな拍手喝采を浴びていた。満員の客席には、筆者を含めて日本人もいるにはいたが、大半はイタリア人をはじめとする欧米人だった。
【写真】志望者は年々減る中…欧米で活躍する「日本人オペラ歌手」たち
オペラというジャンルが、必ずしも多くの人に馴染みがあるわけではないので、日本ではあまり大きく報じられてはいない。だが、ミラノ・スカラ座といえば、オペラが誕生した国イタリアに君臨する世界最高峰のオペラ・ハウスである。そこで主演するのは、野球でいえば、メジャーリーグの人気チームで八面六臂の活躍をするに等しい。
9月6日、9日、13日、15日の4回、脇園が主演した演目はジョアキーノ・ロッシーニ作曲『ラ・チェネレントラ』。しかも、チェネレントラとはイタリア語でシンデレラのことで、脇園は名実ともにシンデレラ物語の成功者となったのである。
このシンデレラの役(役名はアンジェリーナという)は、歌唱至難で知られる。細かく速い音符が連なる旋律を、声を転がすようにして歌うコロラトゥーラという技法を、それこそ激しいばかりに連続させて歌う場面が多いのだ。スキーのフリースタイル競技で、スピーディかつ華やかに滑り降りるように歌う、といえば伝わるだろうか。
だが、脇園はそれを、余裕をもって難なくこなしてしまう。しかも、アクロバティックな技巧がすぐれているのはもちろんのこと、そもそも、やわらかく練り上げられた均質な声で紡がれた旋律は洗練を極め、イタリア語は美しく、音質には東洋人の癖がまったく感じられなかった。
日本の若者が軒並み内向きになる中
東京藝大声楽科を卒業し、同大学院を修了後、2013年10月から文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてイタリアに留学。パルマ音楽院を皮切りに、世界的歌手が多く輩出するペーザロのロッシーニ・アカデミーで学び、超難関で知られるミラノ・スカラ座アカデミーを修了。その後、ミラノを拠点にヨーロッパで活躍している。
脇園と話して一番感じるのは、課題を見出す力と、それを合理的に解決する力に秀でているという点だ。すぐれた指揮者や歌手から受けるアドバイスや刺激も、自分が次に解決すべき課題に転換し、着実に克服していく。この能力は彼女が女子校最難関の桜蔭中学・高等学校の出身であることと、関係があるように思う。能力が高く、向上心がある生徒たちに囲まれ、そうした周囲から受ける刺激を、自分を磨く原動力にする力が身についたのではないだろうか。
ところで、オペラ歌手をめざして欧米で学ぶ若者の数は、近年、増えているどころかむしろ減っている。それも激減しているといっていい。
近年、日本の若者はすっかり内向きになってしまったが、異常な円安が続いて、その志向に拍車がかかっている。アメリカ国際教育研究所(IIE)によると、2023~24年にアメリカの大学などに在籍した日本人は約1万4,000人。中国の約28万人と比較にならないのはもちろん、人口が日本の半数に満たない韓国の約4万3,000人にも遠くおよばない。この傾向は対ヨーロッパでも同じで、たとえば、欧州各地で行われているオペラ歌手のコンクール等も、受験する日本人の数は一時の数分の1にすぎないという。
将来の日本の国力を占うようで怖くなる状況だ。しかし、そんななかでも高い志があれば、たとえ生粋の欧米文化の分野でも、日本人が第一級の活躍をすることが可能であると、脇園の実績は示している。それが証拠に、最近、オペラを志して留学する若者が激減しているのに反比例するように、欧米のオペラで活躍する若者が増えている。多くの若者が内向きになるなか、あえて飛び出す若者には強い意志と気力がある。だから成功を勝ちとれるのだと思う。
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