少し古臭い気もするけれど…「サンマは塩焼きで食べるべき」ではなく「食べるべし」が望ましい?

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語幹用法とは?

 最後に、(編集者からは「サンコクさんに頼りすぎ!」との意見もいただいたのですが……、)懲りずに「サンコクさん」(『三省堂国語辞典 第8版』)を確認してみます。それだけ素晴らしい辞書です。

「『反省すべき』と述べた」のような言い方は語幹用法。助動詞「ようだ」を「まるでうそのよう」で止めるのと同じ。

“語幹用法”という聞き慣れない言葉が出てきました。これは、形容詞を活用語尾まで使わずに、途中で言い切る語法のことです。

 現代語では、「熱い」という形容詞の「熱」の部分だけを使って「熱!」(「熱っ!」)と発言する際などに用いられ、感動や驚きを表すのに使われます。「寒っ!」「美味っ!(うまっ!)」「暗っ!」など、いくらでも例が出てきますね。

「三省堂国語辞典」によると、「べき」というのは「べきだ」の語幹であり、語幹用法として使うのであれば「反省すべき」という使い方も文法上は間違いではない、ということなのです。つまり、「反省すべき」という表現は、「反省すべきだ!」を「反省すべきっ!」に言い換えた用法、と言えます(あくまで「語幹用法」を採用した場合の考え方であり、言語学的には諸説あるようです)。

 この説に沿って考えると、上の例の5番・6番で「映画館で見るべき」が「友達との会話」、「映画館で見るべし」は「大学の講義」のようだと書いたのも、あながち的外れではないように思えます。大学の講義で「寒っ!」「暗っ!」と教授が連発していてはかなりフランクに思えますが(そういうタイプの教授もいるかもしれませんが)、「寒い」「暗い」と話すのと「映画館で見るべし」と話すのが同じグループで、「寒っ!」と「映画館で見るべき」が仲間、ということです。

ニュアンスによって使い分ける

 この「べき止め」について、校閲としてはどう対応すべきでしょうか。

「首相は辞任すべき」という表現が新聞の見出しで出てきたら、複数の辞書によれば間違いとは言えないものの、ややくだけた言い方のように思う方も多いでしょう。

 共同通信社発行の「記者ハンドブック 第14版」(2022年)でも、

「べき」は「べし」の連体形なので、文をこの形で止めない。「実行するべきとの考え」は「実行するべきだとの考え」とする。

 とありました。新聞では、見出しだけでなく本文でも、「べき」で止める形は推奨されていないようです。

 では、文芸作品ではどうでしょうか。上に見たように、話し言葉では「ホタテはバター焼きで食べるべき」は市民権を得ており、小説の校閲などではやみくもに校閲疑問を入れるべきではないでしょう。先ほども少し触れたように、日本語でしばし好まれる、軟らかい、婉曲的な表現とも言えます。

 また、エッセイの見出しを想定してみても、

 A.盆栽は時間をかけて、じっくり取り組むべし
 B.盆栽は時間をかけて、じっくり取り組むべきだ
 C.盆栽は時間をかけて、じっくり取り組むべき

 A、B、C、それぞれにニュアンスの違いが感じられます。

 雑誌でも、政治に関する記事の見出しなら「べし」もしくは「べきだ」がしっくりくるケースも多そうですが、「べき」のほうが良さそうな例もあります。

 逆に、ファッション雑誌で「雨の日はこのコーデでいくべし!」とあると、カリスマのファッションリーダーが“導いて”くれるような雰囲気が感じられ、それはそれで効果的な気もします。

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