なぜメニューの表紙が“素人のおじさん”なのか? 激安メニューで大人気「一軒め酒場」が酒好きのハートを鷲掴みにする理由
早くて、安くて、旨い――いまや“オヤジの聖地”として知られる「一軒め酒場」は、全国で51店舗を展開する、一大居酒屋チェーンである。最近、この店のメニュー冊子が、酒呑みの間で、話題になっている。
【写真で見る】「一軒め酒場」メニューの表紙を飾った、カッコよくて素敵で、なんともチャーミングな“素人のおじさん”たち
「行くたびに、あのメニューの表紙のオヤジは、何者なんだろうと、不思議に思ってたんです」
と、生ビールをかたむけながら、「一軒め酒場」池袋南口店の広いカウンターで語ってくれたのは、池袋の編集プロダクションに出入りする、フリー編集者氏(50)である。
「週に2回ほど、仕事帰りにここでイッパイやってくんですが、このお店、モバイル・オーダー・システムのわりに、ちゃんとした紙のメニューも置かれてるんです。スマホ注文が苦手なオヤジもいますから。そのメニューはドリンクと肴の2種類あって、それぞれが、中綴じ12頁、オールカラー印刷の、立派な冊子になっている。しかも、中身は、白鶴酒造の紹介や、サッポロ生ビールのうまい呑み方などの読み物もあって、チェーン店とは思えない、チカラの入れ方なんです」
気になったのは、そのメニュー冊子の“表紙”だという。
「2022年の秋ころからだと思いますが、表紙が、妙なオヤジの写真になったんです。わたしは出版の仕事をやってるんで、すぐにプロが撮った写真だとわかりました。しかも、ときどき、“新作”(?)に入れ替わってる。ところが問題は、モデルのオヤジです。どう見ても、素人なんですよ。飲食店のメニュー表紙に、呑み物でも食べ物でもない、フツーのオヤジが登場するなんて、前代未聞じゃないでしょうか」
実はこの写真は、プロ写真家「オケタニ教授」による、「夜景おじさん」と題する、立派な写真「作品」シリーズだったのだ。
いったい、「一軒め酒場」は、なぜ、このような写真をメニュー表紙に起用したのだろうか。そして「オケタニ教授」とは、何者なのだろうか。
その前に、「一軒め酒場」とは、どういう居酒屋なのか、簡単にご紹介しておこう。
「安い」だけで客が来る時代ではない
「一軒め酒場」を運営するのは、おなじみ「養老乃瀧」グループである。
「1号店は、2008年12月、養老乃瀧・神田南口店を業態変更してオープンしました」
と歴史を解説してくれるのは、養老乃瀧株式会社の取締役副社長、谷酒匡利さん(54)である(名前に注目!「たにさけ」さんである)。
「当時、わたしは37歳でマネージャーでした。酒の好きなサラリーマンが、毎日気軽に行ける安い店があったらなあと、ずっと思っていました。まだ激安酒場は、ほとんどない時代です。同世代の友人に聞くと、みんな、おなじ希望を持っている。しかし小遣いには限度がある。だったらコストや運営の無駄を徹底的に省いた激安店をつくればうまくいくと信じて、はじめたんです」
その際、谷酒さんは、いくつかの〝鉄則〟をつくった。
「まず、安易に均一価格にしないこと。均一にすると、材料費のどれかひとつが値上がりした段階で、全メニューを値上げしなければならなくなる。そこで上限は、税別ですが、350円に設定しました(現在は税別390円)」
1号店開店の日、谷酒さんは、厨房のなかから、お客さんの様子をじっと見ていた。約60席は、すぐに満席になった。しかも60人全員が「男性」客、要するに「オヤジ」だった。にぎやかな数時間がすぎ、いよいよ、8人ほどのサラリーマン軍団が、帰り支度をはじめた。
「若手の社員が、代表して会計をしていました。そしてワリカンにするべく、部長さんらしき年長者に合計金額を報告に行きました。すると部長さんは、こう言ったんです――『ええ? そんなに安いの? じゃあ、今日は俺が全部もつよ』」
テーブルからは歓声があがったという。
「この瞬間、『一軒め酒場』は、絶対に成功すると確信しました」
しかし、ただ「安い」だけで客が来てくれる時代ではないことも、肌で感じていた。
「安かろうまずかろう、と思われたらオシマイです。ちゃんと店で仕込んだ手作り料理を出すシステムを構築しました。うちの料理はレンチンだと思っている方がいるようですが、とんでもありません。〈名物煮込み〉340円は、店で肉をカットするところからはじめています。大人気の〈手包み肉汁たっぷり一軒め焼売〉290円なども、毎日、店で手作りで仕込んでるんですよ」
〈名物神田旨カツ〉1本120円のように、あまりに大量に出る品は、さすがに専門業者に作らせて仕入れているが、もちろん、揚げるのは店内である。すべて基本は、各店舗での手作りなのだ(注:上記の〈手包み焼売〉も、あまりに出るため、10月からはセントラルキッチンでの仕込みになる予定)。
「そのほか、生ビールの注ぎ方や温度管理を徹底教育しているばかりか、ジョッキの清潔度が重要とあって、ジョッキ専用の洗剤と洗浄機を導入し、洗い方講座も実施しています。うちの生ビールは、味わいはもちろん、泡の分量からジョッキの冷たさ、美しさまで、絶対に他店に負けない自信があります」
そんな「一軒め酒場」だが、次第に模倣する競合店もあらわれはじめた。激安酒場は、どこもおなじだと見る人も増えてきた。そこへきて、コロナ禍により、外呑みの自粛にも襲われた。
「いろいろ手を打ちましたが、小手先よりも、もう一度、本質を見つめ直して磨くことのほうが重要だと思いました。うちは、オヤジたちのために、手作りの旨い肴を、安く提供する店です。すでに女性客も増えていましたが、1号店開店初日は、全員がオヤジ客でした。もう一度、その原点に返って、うちのオヤジのためのこだわりを強調したかったのです」
そんなとき、メニュー冊子の表紙に沿った素材を探していたところ、見つけた写真シリーズが、「夜景おじさん」だった。まさに『一軒め酒場』本来のコンセプトを、そのまま写真にしているかのようだった。
撮影者の名は「オケタニ教授」とあった。
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