「その人がそのままでいられるように」自分ではなく「世界」を変える 名物編集者が語る「ケアと編集」の極意
ヒット作に飢える出版界にあって話題作を続発し、特異な存在感を放つのが医学書院のシリーズ〈ケアをひらく〉だ。人気シリーズを生み出した経験を、『ケアと編集』(岩波新書)にまとめた同シリーズの編集者・白石正明氏に「ケア」「編集」という時代のキーワードについて訊いた。【山内宏泰/ライター】
※新潮社が運営する教養/情報系YouTube番組「イノベーション読書」で配信している『「自己啓発」ではなく「現状肯定」こそ重要だ! 國分功一郎『中動態の世界』を生んだ名物編集者が語る「ケア」と「編集」』の内容を再構成しています。
【写真を見る】出版界で注目されるシリーズ〈ケアをひらく〉とは
自分と現状を肯定する「ケア」の考え
「ケアをひらく」は、医療・看護分野の専門出版社である医学書院が2000年から出し続けているシリーズで、現在50冊を超える。「ケア」というテーマでありながら、専門家のみならず広く一般の読者を獲得し、出版界でも長く注目されているシリーズだ。
内容への評価も高く、受賞歴は多数。主だったところを挙げれば、川口有美子『逝かない身体』が大宅壮一ノンフィクション賞、熊谷晋一郎『リハビリの夜』は新潮ドキュメント賞、國分功一郎『中動態の世界』で小林秀雄賞。さらには「ケアをひらく」シリーズ自体が、毎日出版文化賞を受賞している。
立ち上げからおよそ四半世紀にわたり、同シリーズを編集・プロデュースしてきたのが編集者・白石正明氏である。今年4月には自身の著書として、岩波新書から『ケアと編集』を刊行した。
自著を書くこととなった経緯はどんなものだったのか。
「長年勤めた医学書院を昨年、定年退職しました。その退職する間際、医学書院刊行の『精神看護』という雑誌が、『ケアをひらく』の特集を組んでくれたんです。それまでに出ていた43冊をすべて解説するというものだったのですが、これを読んだ岩波書店の編集者から、『本にできないか』と連絡が入り、彼と話しているうち、単なるシリーズの紹介本ではなく、自己啓発書の反対を目指して本をつくろうということになりました。
かねて昨今流行している自己啓発に違和感を持っていました。“現状の問題を克服し、将来を良くしていきましょう”とするのではなく、今のままでいることだけですでに完璧なのだと、現状を肯定する方向に持っていきたいのです」
その考えはすなわち、「ケア」の概念そのもののように思える。
「そうです、ケアとはひとことで表せば、『そのままでいい』と認めること。その人がそのままで生きていける状態となるよう、周囲の環境を整えていこうというのがケアの思想です。自分は変わらずに、世界のほうを変えてしまえばいいという考えですから、アナキズムに近いのかもしれません。人を変えて、あるべき姿にしていこうとする“治療”の考えとは、対極にあるものと言っていいでしょう」
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