ちっぽけな「あなた」は実は凄い存在です  永田和宏京大名誉教授が新入生に語りかけたこと

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 勉強が嫌いになる理由、あるいは苦手になる理由は人それぞれだ。先生との相性、テストの結果等々。
 だが、突き詰めていけば、面白くないと思うからだろう。ではなぜ面白くないのかと問えば、「わからない」あるいは「自分に何の関係があるのか」といった答えが返ってくるかもしれない。

 長年、大学で細胞生物学を教えてきた永田和宏京都大学名誉教授は、学生たちに能動的な興味を持ってもらうために、授業の最初にはなるべく数字で驚いてもらうように心がけている。細胞生物学は、生命の基本単位である細胞の研究だから、生物学の根幹をなす学問だ。しかし最初からそういう大きなことを言っても、「難しそう」と思われる。だから、ツカミが必要だ。永田教授は、細胞の数から話を始めていく(以下、引用は永田氏の新著『知の体力』より)。

細胞の数に感動する

 1人の人間のなかにある細胞の個数は60兆個といわれている。実際には、37兆個だという説も有力なのだが、ここではとりあえず60兆個を前提として、永田教授はこう語りかけていくのだという。

「細胞の大きさは、10ミクロンほど。もちろん顕微鏡でなければ見ることはできない。それでは君の身体の細胞を一列に並べたら、どのくらいの距離になると思う? と問いかけると、誰もそんなことを考えたこともないようで、正解はほぼ皆無である。60兆という数を知識としては知っているのだが、実感としては経験していない。あるいは知識を自分の感性のなかに組み入れようという意識が希薄なのだと言えようか。

 単純な計算である。1個の細胞の直径を10ミクロンとして、60兆倍すればいいだけのことである。掛け算をしてみれば、60万キロメートルという答えは小学生レベルの算数で簡単に求まる。この数もすごい数だが、それをどう実感するかは、勉強への興味と関心に直結するだろう。60万キロと言っても、60兆という数で理解しているのとたいして変わらないが、これをもう少し具体的な尺度をもって理解しようとすれば、それは地球を15周するだけの長さである。地球1周は4万キロメートルである。ヒトの全細胞数は37兆個という新しい説の数で考えても、地球を9周あまりの距離になるはずである。

 私たちは1個の卵子と1個の精子が受精した、たった1個の受精卵から出発した。卵子自体は通常の細胞より大きく、0・1ミリほどの大きさである。頑張れば肉眼でも辛うじて見えるほどの大きさだ。

 1ミリの10分の1ほどの存在でしかなかったものが、わずか20年足らずのうちに、地球を15周もできるだけの長さの細胞を作ってきた。誰の助けも借りずに、自分だけの力で、これだけの細胞を作ってきたのである」

 こんな風に言われると、何だか我ながら偉業を達成したという気にもなってくるではないか。

 永田氏はこう述べている。

「これに感動しない人はいるだろうか。ちっぽけな存在でしかないと感じていた自分が、紛れもなく自分だけの力で地球15周分の細胞を作ってきた」

 ちっぽけな「私」は、実はなかなかすごい存在だった――万人が細胞生物学を学びたくなるかどうかはともかくとして、なんとなく勇気がわいてくる話ではないだろうか。

デイリー新潮編集部

2018年6月8日掲載

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