名医ランキングは参考にならない? 延命のために高額の医療費を使うべき? 医者と患者は「がん」とどう向き合うべきか 里見清一×川上未映子
がん難民が生まれる理由
川上 そういう選択ができるのは医療業界にいる人の特権ですね。でもがんの治療は、抗がん剤を使うにしてもガイダンスがあって、先生たちは専門家で、データもたくさんお持ちになっている。心を込めて治療するというのは無理かもしれないけど、一応、客観的な最適解の治療はされているはずなのに、どうして医者を恨む患者が出てくるのでしょうか。
里見 結果がうまくいかなかったら、みんな誰かのせいにしたいからではないでしょうか。
川上 コミュニケーションの過程にも関係があるような気がしますね。それで里見先生のご本を読んでいると、いい医者とは何か、いい患者とは何かと問う以前に、医者も患者もお互いに、倫理が必要なんだと。でも、考えてみると、いい医者の定義って難しい。
里見 いや、みんなが求めているのは「病気を治してくれる医者」なんです。でも、技術で治してくれる医者というのは、必ずしも、川上さんの手を握って、最期をみとって穏やかに死なせてくれる医者とイコールではありません。外科医は手術がうまくいったら、言葉は悪いけど、その後は興味ない。
川上 管轄から外れる。
里見 そうですね。後はもうオレたちの仕事ではない。実際にそこまで面倒見ていたら、その次の患者の手術ができない。
川上 でも、日本は外科でがんを切ったら、抗がん剤も外科がやりますよね。
里見 日本でもだんだん欧米的に抗がん剤治療は内科でやるようになってきています。でも、そうすると分業化していく。診断医がいて、外科医が切って、内科医が抗がん剤をやって、その後、手が尽きたら緩和ケアに回してとなる。内科医も外科と同じように専門化して、「後はオレたちの仕事ではない」と言う。だけど、内科医からやりようがないから緩和ケアに行けと言われた時に、それに納得できない患者がドロップアウトして、がん難民になるわけです。私が勤務する日赤医療センターには緩和ケア科がありますが、そこによその病院から紹介状を持って来る患者の半分以上は、全然納得していませんね。積極的治療を求めているのを、無理やり追い出している感じ。
川上 緩和ケアと言われると、万策尽きて最後に行きつくところというイメージがまだあります。がん患者の当事者としては、緩和ケアに行くことを認めるのが結構辛い。
緩和ケアの意味
里見 本来、緩和ケアというのは特別なことではなくて、われわれはごく日常的にやっているのですよ。医者にできることは二つしかなくて、寿命を延ばすことと対症療法です。寿命が延びることと症状を取り除くことは全く別の、独立した話です。患者が「痛い、苦しい」と言いながら、寿命が延びる場合があるし、病気がきれいさっぱり治って延びる場合もある。肺がんが脳に転移して頭が痛いという人に、痛み止めを出すとか放射線を当てるとか、命を延ばすことはできないけれども、同じ3カ月だったら痛くない方がいいでしょ。それが緩和ケアなんです。
川上 緩和は痛みを和らげる治療であり、最初から組み込まれているもの。
里見 緩和ケアには日赤のように緩和ケア病棟を持っている病院と、独立型のホスピスの2種類あります。私が後者に批判的なのは、緩和ケアの患者というのは、別に穏やかに安らかに死んでいくというものではない。病気だから、やはり苦しいとか痛いとか、何か出てくるに決まっている。例えば心臓の周りに200ccも水がたまると非常に苦しくて、モルヒネや酸素を使っても、ましてや耳元で賛美歌を歌っても全然ダメで、診断をつけてブスッと針を刺して水を抜けば楽になる。そういう診断と処置ができない独立型ホスピスはけっこうあります。
[3/4ページ]

