名医ランキングは参考にならない? 延命のために高額の医療費を使うべき? 医者と患者は「がん」とどう向き合うべきか 里見清一×川上未映子

ドクター新潮 ライフ

  • ブックマーク

「あなたが選んでください」

里見 医者が教えなくても、本人がもう分かってしまうからです。近くにがん患者がいて、その人と同じ治療をやって、同じ副作用が出たら察してしまうでしょ。当時は相当非難されましたが、今は180度変わって告知するのが完全な正義になっています。「本当のことを言って何が悪い」と。昔は私も告知するのにおっかなびっくりでした。患者は落ち込みますよ。今やその後ろめたさを感じずに、正義だからと、余命1年とかポンと言ってしまう。ただ、実際には、がんの病名告知をするようになってから自殺が増えたそうです。だけど、われわれは失敗した、病名なんて言わない方がよかったという話は出ていません。正義だから。

川上 母の場合、「がんの疑いがありますね」と言われたときに、反射的に「先生、もし、そやったら私、あと何年ぐらいですか」と聞いちゃったんですよ。まだ検査もしておらず、何も確定していない状態だったので「今そんな段階じゃないですよ」と返すのが当然だと思うのですが、「1年から1年半ぐらいかな」と外科の先生が言ったんですよ。本当に驚きました。

里見 私は告知を始めた当時、母親から「お前はなんてひどいことをするんだ」と怒られましたけどね。

川上 それで実際に治療を受ける時に、今は患者自身が主体性を持って自分の病気をサバイブしていこうという風潮があります。どう考えたって専門知識は医師の側にあるのですが、「ABCDとある治療法のうち、どれにしますか、あなたが選んでください」なんて聞く。それでCを選んで失敗したら、患者は自分を責めるしかなくなります。そこは、「オレはあんたのこと全部診て、Aだと言っている。責任はオレが取る」と言う医者がなぜいないんだ、と里見先生がお書きになっていて感じ入りました。主体性を持って治療にあたるためには日頃の訓練が必要なんです。慣れてない人にできることではないんです。でも今は選択肢を全部出して、当事者に選ばせろということなのでしょうか?

里見 いや、選ばせるのはまだいいと思うんです。問題は患者がBを選んだとしますね。それでうまくいかなかった時、「オレはAが良いと言ったのに、あんたがBを選んだんだからな」という責任逃れが一番まずい。自分もOKしたのだから、それを選んだ以上は自分も当事者もしくは共犯だと思うべきなんです。

「ランキングに出てくる名医も、老眼だったり手が震えていたり」

川上 食道がんになった当事者が書いた本を読んだのですが、大病院の名医とされている医師から提案されたのは、外科手術のみ。それで別の病院でも診てもらい、術後のQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)も考えて放射線治療を選ぶわけです。後日、手術を勧めた名医に、どうして放射線治療の選択肢を挙げてくれなかったのか尋ねたら、顔色ひとつ変えずに「私たちはがんしか見ない」「80歳、90歳の人が来ても、がんを取りたいのであれば手術を第一選択にします」とおっしゃったそうです。

里見 逆に言うとね、外科医としてはそういう医者が、手術の数もこなしているので一番うまい。手術のクオリティーが高いから、QOLも多分高いでしょう。

川上 里見先生だったら切ってもらいますか?

里見 それは腫瘍のタイプにもよりますね。基本的には食道がんだったら放射線治療を選ぶかな。肺がんなら多分手術を選ぶと思う。

川上 そういうことをみんな聞きたいよね。専門家の先生ならどうするって。

里見 あいつに執刀してもらおうとか、あと、彼もうまかったけど最近老眼だしな、とか。ランキングに出てくる名医なんてけっこう老眼で、手も震えている。

次ページ:がん難民が生まれる理由

前へ 1 2 3 4 次へ

[2/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。