京アニ事件から6年 「なぜ社会が涙するのか」“速さより深さ”で取材を続ける地元紙の矜持
「速さより深さ」を実践するために……
それまで「涼宮ハルヒの憂鬱」をはじめ、「けいおん!」や「響け!ユーフォニアム」など、数々の人気作品が社会現象を巻き起こしてきた。とはいえ、これらが京アニの作品だと認識していた人は、熱心なアニメファン以外には少なかったかもしれない。逆に言えば、甚大な被害を受けたのはこれらの作品を制作したスタジオだったと知り、京アニという名前の重みを初めて実感した人も少なからずいたはずだ。
「だからこそ、犠牲となった人たちの一人ひとりがいかに輝いていたのかが、ファンの言葉や資料などに当たる中で、どんどん明らかになっていきました。犠牲者は決して36人のうちの一人、ではない。一人ひとりが輝いていたことをぜひ社会に伝えなければならないという思いを、取材陣で共有したのです」
事件発生当初に示された「速さより深さ」を象徴するのが、被害者遺族への取材だった。京都新聞では、重大事件の被害者遺族取材には、同じ記者がたとえその部署から異動したとしても担当を続ける、という不文律がある。運転者を含む8人が死亡した「京都祇園軽ワゴン車暴走事故」(2012年)、ガソリンが噴出し、死者3人・重軽傷者56人の惨事となった「福知山花火大会露店爆発事故」(2013年)などでも、そうした取材態勢を組んできた。
「やはり、そこまでしないとご遺族の信頼を得られませんし、本当の心の機微まで吐露してもらえません。記者が遠方に異動することもある全国紙とは違い、京都を地盤とする地元紙ですので、異動後も取材を続けられることはアドバンテージでもあります」
取材に応じてくれる被害者遺族であっても、紙面では実名か匿名かなど、報道との向き合い方は様々だった。
「当然ながら遺族の方々の胸中は一様ではありません。6年の間に匿名から実名に切り替え、再度匿名にされた方もいらっしゃいます。それは心の揺らぎであり、リアルな痛みだと思うのです。一般の方からすれば、事件からもう6年か、と感じるかもしれませんが、ご遺族には公判が始まるまでの4年は時間が止まっていたも同然でした。歳月だけが流れる中、ご遺族の中には、『とにかく公判で娘が亡くなった真相を知りたい』と願っていたにもかかわらず、公判1カ月前に亡くなられた方もいます。時の無常を感じました。遺族の思いが変遷することについても、それを感じようと思えば、やはり同じ記者が継続して取材する必要性があるということです。そのあたりに取材の深さというのが出てくるのだと思います」
青葉死刑囚の生い立ちも追う
史上稀にみる凶悪犯罪を起こした青葉真司死刑囚(47)。重度のやけどを負って長期の治療が続けられたこともあり、公判が始まるまでは4年を要した。それまで、事件発生直後に京都府警の警察官に取り押さえられた際、意識を失う前に青葉死刑囚が漏らした「パクりまくったからだよ、小説」という言葉以外、動機解明の手掛かりはなかった。同書では青葉死刑囚にももちろんスポットを当てている。
「青葉死刑囚がモンスターのような人物なら分かりやすかったと思いますが、公判に出てきた彼は全然そうではなかった。若い頃は皆と同じようにアニメや音楽に夢中になる、一見どこにでもいるような青少年でした。しかし極貧生活の中で親の虐待を受け、大人になってからも就職氷河期の中、非正規の派遣労働で生計をつないでいました。自分の周囲にもひょっとしたらこういう人物がいるんじゃないかというような人間だった。ならば、社会の中で第2、第3の彼のような人物がいるのかもしれない。自分自身を底辺でもがき続けていると考える人物が、同様の事件を模倣しようとしているかもしれない。それを防ぐ手立てを探り社会に示すことこそが、報道の本質だと感じました」
実際、2021年12月に大阪市で発生した「北新地クリニック放火殺人事件」の犯人は「京アニ事件」の手口を模倣したとみられている。
「京アニ事件のご遺族で、取材に応じてくれていた方が、北新地の事件で深く悩んでおられました。『私がこうして取材に答え、それが報道されることで、新たな犯罪を誘発するのではないか』というジレンマを抱えておられたのです。だからこそ、『犯罪抑止へ真につながる伝え方を探し求めてほしい』と懇願されました。紋切型の事件報道ではなく、多角的に検証し、最終的には再発防止につながる方策を見つけるものであってほしいと。まさにそれはご遺族の方々の願いだと思います」
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