「ママの言うことさえ聞いていれば、幸せになれるから」 3歳から母に洗脳された少年が、57歳の今も続ける「ひきこもり」人生【毒母に人生を破壊された息子たち】

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 過干渉や暴言・暴力などで、子どもを思い通りに支配しようとする親、それによって、成人後も長きに亘ってさまざまな生きづらさを抱え続ける子ども――。近年の日本では、「毒親問題」がますます社会問題化している。7月に女優の遠野なぎこが自宅で遺体で発見されるという悲劇が起きたが、彼女もかつて実母から虐待された過去を打ち明けていた。

 従来、毒親に関しては、母が娘を支配する例が取り上げられることが多かったが、現実には、母が息子を追い詰め、その人生を破壊してしまうことも少なくないという。ノンフィクション・ライターの黒川祥子氏が、そうした「毒母」に人生を破壊された息子たちに連続インタビューし、その過酷な人生を追った。

 連載の第二回は、専業主婦だった母親から、内面まで常に監視され、感情のはけ口にされてきた男性の独白である。彼は「ひきこもり」生活を行いながら50代半ばを過ぎてなお、母の呪縛から逃れられないという――。
【前後編の前編】
【黒川祥子/ノンフィクション・ライター】

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僕は人間ではない

「僕は人間のように見えますが、中身は人間ではありません」

 もう、何年前になるのだろう。彼の自己紹介は、このような言葉で始まった。ひきこもりと老いを考える「ひ老会」に、私が初めて参加した時のことだった。多くの参加者同様、彼もまた、中高年ひきこもり当事者としてその会に参加していた。

 山本龍彦さん(仮名)、1967(昭和42)年生まれの57歳。長身で面長の顔立ちのイケメンは、実年齢よりずっと下に見える。

「人間ではない」……、それはどういうことなのだろう。目の前の山本さんは言葉を選びながら誠実に、自分のことを伝えようともがいている。それはまさに、人間ではないか。

母親より、自分第一

 山本さんが社会との接点を完全に失ったのは、27歳の時だった。29歳で精神科治療につながり、治療機関の勧めで、家を出て生活保護を取り、単身アパートで暮らし、治療を続けながら50代後半を迎えた。

 今年2月の「ひ老会」において、久しぶりに会った山本さんはどこか少し、以前より吹っ切ったような感があった。そんな山本さんから初めて、こんな言葉を聞いた。

「1年前ぐらいからようやく、ひきこもりと生活保護の自分を、受け入れられるようになったんです。それまでは、罪悪感と自責の念しかなくて。ようやく、自分の人生を生きていこうと思えるようになりました。自分のことを第一に、母親より、自分だと」

 裏返せばそれは、生まれ落ちてから50代半ばに至るまで、山本さんは自分の人生を生きることができなかったということだ。

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