「同人誌を出して。イベントの旅費も出す」 作家・愛野史香を創作の世界に引きずり込んだ「東京在住のキャリアウーマン」との出会い

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アマチュアが自由に創作活動をしていると知った時の衝撃

 薬剤師として働く傍ら、2024年、第16回角川春樹小説賞を受賞し『あの日の風を描く』でデビューした愛野史香さん。学生時代、学業と部活動に励みながら、さらに小説の執筆にも乗り出したのは、ある特別な出会いがきっかけで……。

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 私にとって東京といえば、東京ビッグサイトの印象が強い。20代の頃、主に赤ブーブー通信社が主催する同人誌即売会に行っていた。いわゆるオタクの祭典である。

 私が小説を書き始めたのは、大学生の頃だった。それまで選ばれた人しか小説を書いてはいけないと思い込んでいたので、アマチュアが自由に創作活動をしていると知った時の衝撃はすさまじかった。自分に一次創作は早いという引け目もあり、友人に教えてもらった投稿サイトで二次創作を始めた。

「同人誌を出して。イベントの旅費も出す」

 当時、薬学部の学生で授業は朝から夕方までみっちりあり、部活動は大学の交響楽団に所属していた。休日は練習や学外の演奏会にエキストラで参加していたので、それなりに忙しい大学生活を送っていた。それにもかかわらず、ほぼ毎日何かしら作品を投稿していたのだから、若さの勢いは恐ろしい。

 当時のTwitter(現X)で交流していたフォロワーに請われて、初めて同人誌即売会へのサークル参加を決めた。

「同人誌を出して。印刷代を出すから。イベントの旅費も出す」

 その方は東京在住のキャリアウーマンで、世界中を飛び回りながら悠々自適にオタクライフを満喫していた。初心者同然の私の拙い小説を好きだと言ってくれて、旅先のハワイやベルギーで買ったお土産をわざわざ自宅に送ってくれるような人だった。後で代金は返したが、飛行機のチケットも買ってくれた。

(怖い。オタクはすぐ金に物を言わせる)

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