「同人誌を出して。イベントの旅費も出す」 作家・愛野史香を創作の世界に引きずり込んだ「東京在住のキャリアウーマン」との出会い

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「新刊がないと人権もないですからね」

 九州の田舎から出てきたばかりの私は、ネットで知り合った都会のお姉さんのフットワークの軽さと懐の深さ、同人誌を買いあさる欲深さと推しキャラを妄想で狂わせていく業の深さに、ただただ圧倒された。

 背中を押されるがまま同人誌を作り、一人で東京に行く計画を立てた。私がライブや旅行以外の目的で東京に行くなど、誰が想像しただろう。幸い私の作品を好きだと言ってくれた方は他にもいらっしゃって、その時に表紙を描いてくれた絵師とは現在も交流が続いている。

「正気になる前に次のイベントに申し込みましょう。新刊がないと人権もないですからね」

 即売会終了後のアフターで食べる焼肉が一番うまいと本気で思った。だが、お姉さんは息を継ぐ間もあたえず、次の新刊を要求した。

(追い込み方がヤクザなんよ)

長編を書き上げると「東京に行かねば」と……

 本を出さないと人権がないのはプロ作家も同じらしい。角川春樹小説賞の授賞式の2次会で、選考委員の先生方にも「早く次の作品を書かないとね」とのお言葉を頂いた。

 私は書き始めた当初から長編を書くのが得意で、長編を書き上げると、同人誌にして東京に行かねば、という思いが自然と湧いてくる。

 いまだにその頃の癖でりんかい線沿いにホテルを予約しがちだ。その辺りに泊まったときは、ついビッグサイトに足を延ばしたくなる。機会があれば、遊びに行こうと思う。

愛野史香(あいの・ふみか)
1992年佐賀県生まれ。薬剤師として働く傍ら、第16回角川春樹小説賞を受賞し『あの日の風を描く』でデビュー。

デイリー新潮編集部

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