「初恋の人妻」に会いたくて…探偵を雇って調べると そして始まった53歳夫の“思い出の後始末”

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思わず抱きしめると

「その後、再婚したけど、私は男を見る目がないのよ、結局再婚もうまくいかなかった。それからはいろいろな仕事をし、40歳直前になって地元に戻ってスナック勤めを始めたら、それが楽しかったんだそうです。そのスナックは15年前に当時の経営者が引退するため、譲り受けたんだそう。儲からないけど食べてはいけるのと笑っていました」

 靖文さんも簡単に自分の人生を話した。黙って聞いてくれる早希さんの表情がとても魅力的に見えた。

「もしまたこちらに来ることがあったら寄ってみてと送り出されたとき、思わず早希さんを抱きしめました。彼女は『こんな年の女を喜ばせないで』と僕の体を押すようにして離れた。さらにもう一度抱きしめてしまいました。また来るねと言い残して」

何度も会いに…妻は不信感

 それから月に1、2回、彼は泊まりがけで早希さんに会いに出かけるようになった。とりとめのない話をして安いホテルに戻るだけなのだが、そのたびに何かを取り戻したかのように気持ちが救われた。だが、そんな行動を妻が不審に思わないわけがない。

「つい先日、妻に『そんなに実家が恋しいの? それとも誰か待っているわけ?』と言われました。僕の両親はすでに亡くなっているし、実家は妹一家がいるだけ。僕と妹がそんなに仲がいいわけではないのを妻は知ってる。当然、妻は僕が実家に戻っているわけではないとわかっているはずなんです」

 ただ、早希さんのことはどうしても言う気になれなかった。妻ならわかってくれるかもしれないと思いつつも、大事な宝物には誰も触れてほしくないような気持ちだった。早希さんが宝物というより、当時の自分の思い出が宝物なのかもしれない。

「それでも妻には何らかの説明をしなければいけないから、昔の親友が病気なんだと嘘をつきました。妻はじっと僕を見て、『あなたがそんな人だと思わなかった』と。ほんの少しの間だけでいい、好きなようにさせてほしい。きみが疑うようなことはしていないとつけ加えました。いつも快活な妻が、あんなつらそうな表情になったのを初めて見た。同じ頃、早希さんから『あんまり頻繁に来ないほうがいいんじゃない? おうちは大丈夫なの?』とも言われた。僕がしていることは、妻はもちろん、早希さんをも傷つけているのかもしれません」

 何かあれば最後まで早希さんのめんどうを見ようとすら思っていた靖文さんだが、それはかえって早希さんには迷惑かもしれない。いや、早希さんのことだから強がっているだけだろうとも思う。ただ、ここで妻の気持ちを傷つけたら、自分の老後は不安定になると打算も働く。なにより仲よくやってきた妻とは添い遂げたいと思っている。一方で、自分も家庭には貢献してきたのだから、ほんの少しのわがままを許してほしいとも思う。

「初恋の人を思い続けてやっと会えた。今さら男女の関係になるわけでもないのに、そしてあくまで店主と客という立場で会うだけなのに、それでも罪なんでしょうか」

 彼の気持ちはわかる。自分自身も、そろそろ先が見えてくる年齢、若いころの忘れ物を回収したくなる年齢なのだ。だが妻の不快感もじゅうぶんにわかる。何が正しいとは言い切れない、なんとも言えない「人生の重さ」だけが伝わってきた。

 ***

 35年越しの忘れられない相手と、ふたたび交流を始めた靖文さん。その想いはなかなかまねできるものではないが、なんだか家庭生活にも不穏な雰囲気が漂い始めている……。18歳の時の早希さんとの出会いは【記事前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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