「銀河鉄道999」の大宇宙は“小学生向けの水彩絵の具”で描かれていた…過去最大級の「松本零士展」5つの見どころを元担当編集者が解説
(1)単眼鏡があったほうが…
まず知っておきたいことは、「マンガ原画は、意外と小さい」ことです。どれも、1枚(頁)がB4判か、大きくてもA3判くらいの大きさしかありません。浮世絵展と似ています。壁に巨大な絵画がドーンとかかっているような美術展とは、わけがちがいます。それが大量に展示されているので、誰もが、かなり近寄って鑑賞します。混んでいると、けっこう見にくいものです。作品保護のため、照明をおさえているので、なおさらです。もちろん、あとで図録で見る手もありますが、せっかくの機会ですから、まずは原画でじっくり見たいものです。
そこで、「単眼鏡」をお持ちになることを、おすすめします。最近、美術展に行くと、小さな望遠鏡のようなものをのぞき込んで、人混みの後方から作品を鑑賞しているひとをよく見ます。美術鑑賞向きの「近距離用単眼鏡」です。最初は気恥ずかしい気がしますが、慣れると、なかなか便利なツールです。「松本原画」ならではの、大宇宙の星々や、繊細なペンタッチを、それこそ目の前で確認することができます。
特に今回は、「銀河鉄道999」の第1話「出発のバラード」全66頁のうち、30頁分の原画が出展されており、鉄郎とメーテルの出会い、旅に出る理由、そして出発までの経緯がわかるように、うまく構成されています。まとまったストーリーを「原画」で味わえる貴重な機会なので、ぜひ単眼鏡を用意して、ゆっくりご覧ください。
なお、単眼鏡を入手される際には、必ず「近距離用」を。というのも、おなじ単眼鏡でも、高倍率で「望遠鏡」に近いものもあるのです。美術鑑賞は、せいぜい1~2メートルの距離ですから、高倍率だと、ピントが合いません。4倍もあれば十分です。
(2)アナログ時代「昭和の原画」の魅力
松本作品は、昭和から平成前期にかけて描かれたものが大半です。この時代のマンガ原稿は、いうまでもなくアナログ制作でした。ネーム(セリフや字幕などの文字部分)は、「写植」(写真植字)と呼ばれた印画紙に印字されていました。それを編集者がフキダシに合うように切り取り、専用糊(ペーパーセメント)を塗って、手作業でペタペタと貼り込んでいたのです。印刷上の指示は、周囲の白地部分や、原画のうえに貼ったパラフィン紙に、「青鉛筆」で書き込みました(青鉛筆は、製版の際に感光しにくいのです)。
今回、展示されている原画の多くも、写植部分がはがれかけて黄色く変色し、汚れています(中には、完全になくなっている箇所も)。周囲には、パラフィン紙を貼っていたセロテープの跡も残っています。汚れや変色を、ホワイトで修正した箇所も多く見られます。しかし、これこそが、マンガ家と編集者、そして印刷会社の“格闘”の痕跡なのです。
いまはデジタル時代ですから、原画を高精度でスキャンしてネット経由で送信し(そもそも紙でなく、最初からパソコン上で描くマンガ家も多い)、ネーム部分はパソコン上で合体させる――つまり、原画現物のやり取りナシで進行することも当たり前になりました。先述のように、新潮社版の「ニーベルングの指環」は、ウェブ上で発表された、デジタル進行最初期の作品ですが、それでもまだ、原画そのものを直接受け取って、編集部であらためてスキャンしなければなりませんでした。
しかし今回の展示では、ほぼすべてがアナログ時代の原画です。ぜひ、「汚れ」も作品の一部なのだと思って鑑賞してください。
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