「有名な逸話」という表現は誤用か? 実は「広辞苑」と「三省堂国語辞典」で説明が大きく異なるケースも

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 こんにちは、新潮社校閲部の甲谷です。

 今回もクイズから始めます。

 以下は、三島由紀夫のプロフィールです。「明らかな間違い」を6か所見つけてください。6か所とも、書名や生没年などをネットで調べなくても気づける範囲の間違いです。なお三島は今年、生誕100年を迎えました(←ここ、重要です!)。

 制限時間は30秒です。

 では、どうぞ!

「有名な逸話」なんてない?

 今回、取り上げるのは「逸話」という語句です。ゲラで毎週一度は見かける気がします。

「広辞苑 第7版」から引用すると、

〈いつわ【逸話】ある人についての、世人にあまり知られていない、興味ある話。エピソード。「逸話の多い人」〉

 このように、「あまり知られていない話」という意味であると記述されています。しかし、実際のゲラでは次のような文章をよく見かけます。

「元野球選手のAさんには、ナイターでの登板前、テキーラを1杯引っかけていたという有名な逸話がある」

 この「有名な逸話」という表現は、広辞苑の記述からすると“本来の意味”ではないということになります。なぜなら、「世人にあまり知られていない」話こそが「逸話」であるわけですから……(テキーラの話はもちろん架空です)。

 他の辞書はどうでしょうか。「新明解国語辞典 第8版」では、

〈その人の伝記の本筋に直接は関係しないが、その人間味を物語る材料とするに足る裏話。エピソード。〉

 とあります。何度でも声に出したくなる言い回しですね。この「新明解」の記述から考えれば、上の野球選手の文章に出てきた「有名な逸話」という使い方は誤用ではないと言えそうです。

 次に、「三省堂国語辞典 第7版」では、

〈〔逸=記録からもれる〕1.(ある人物の行動などについて)あまり世の中に知られていないはなし。逸聞(いつぶん)。「偉人の逸話」 2.興味深いはなし。エピソード。「有名な逸話」〉

 なんと! 広辞苑の記述からすれば本来の使い方ではない「有名な逸話」が、辞書の用例としてそのまま載っているではありませんか(ここまで来ると“校閲探偵”という言葉が頭に浮かんできました……)。

 ダメ押しで、この連載ではもはや常連となった、“高校教科書密着型”の「三省堂 現代新国語辞典 第7版」はどうでしょうか。
 
〈(ある人物についての)世間にあまり知られていない、ちょっとした話。〉

 意外や意外(?)。こちらではオーソドックスな本来の意味のほうしか載っていませんでした。なお、同じく当連載の常連、「文化庁 国語に関する世論調査」で「逸話」が調査されたことはないようです。

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