トランプ政権下にひびく「移民をバカにするな!」…文学座を救った名作舞台劇「調理場」が映画で復活 21世紀に公開される意義とは

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文学座の“危機”を払拭した上演

「当然ながら〈劇団雲〉に合流しない、残った座員たちによって上演されました。小川真由美、悠木千帆(樹木希林)、寺田農、草野大悟、岸田森、笈田勝弘(笈田ヨシ)、そして2年後に大河ドラマ『太閤記』で織田信長に抜擢される高橋幸治……多くが、のちに錚々たる役者となる顔ぶれでした。彼ら30数名の役者が、あの狭いアトリエで生き生きと演じ、独善的なレストラン経営者(三津田健)にさからう姿は、文学座を守ろうという気概にあふれていたと伝えられています」

 映画評論家の荻昌弘(1925~1988)は、その公演を観て、のちに文学座通信に、こう綴っている。

〈私には、文学座のいまの若い方々が、ウエスカーに真剣になられる気持が改めてよく判る気がした。(略)批判やないものねだりは、また出ることだろうが、迷つてはいけない。夢中になることだ。惚れ甲斐のある奴にはいちど徹底的に夢中になつてみないことには、何も生まれはしないのである。〉

 この舞台は好評で、同年8月に、一部キャストを江守徹などにかえて再演されている。

「余談ですが、文学座の危機は、これで終わりませんでした。騒動直後、文学座演出部に籍があった三島由紀夫が中心となって、立て直しのための“再出発宣言”が発せられます。そして、1964年1月、三島による新作戯曲『喜びの琴』が上演されることになりました。ところがその内容が、あまりに“三島的”で、反共テイストがあるとして、公演中止となるのです。すると三島ほか10数名の座員たちが、またも“脱退”し、劇団NLTを結成しました」(演劇ジャーナリスト)

 厨房内の大混乱を描いた「調理場」は、まるで文学座の混乱ぶりを象徴しているようですらあった。なお文学座の「調理場」は、1979年にも、原康義、北村和夫、寺田路恵など全面的な新キャストによって三演を果たしている。その後、しばしば小劇場でも上演されているが、近年でもっとも大規模な上演は、2005年、Bunkamuraシアターコクーンにおける、蜷川幸雄演出「キッチン」だろう(小田島雄志改訳/成宮寛貴、勝地涼、長谷川博己、杉田かおるほか出演)。舞台上セットの向こう側にもうひとつの仮設客席をつくり、観客が前後から厨房を挟んで観る、独特のステージ・ヴィジュアルが話題となった。

「イギリス本国でも名作として知られています。すでに1961年に、小規模にアレンジされて映画化されたほか、舞台でも何度も上演されています。2011年にもロンドンのナショナル・シアター(オリヴィエ劇場)で、大規模な上演がありました。この公演は、“ナショナル・シアター・ライブ”で映像収録されていますが、残念ながら日本では上映されませんでした」(同)

 そんな芝居が、21世紀のいま、メキシコ人監督によって映画化された意義は、どこにあるのだろうか。

「製作・監督・脚本をつとめた、メキシコのアロンソ・ルイスパラシオスは、ロンドンのRADA(王立演劇アカデミー)で学んでいます。そのころ、実際に厨房で皿洗いのアルバイトをしながらこの戯曲を知り、映画化したいと思ったそうです」(前出・映画ジャーナリスト)

 そういえば――いま、“移民取り締まり”で大騒動を引き起こしているドナルド・トランプが、2016年の大統領選に出馬を表明した際の第一声は、ほとんどが“メキシコ批判”ですらあった。

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