大作映画を「圧巻の2時間!」と褒めるのはアリかナシか…校閲者が「自分の言語感覚」よりも大事にする“根拠”とは
辞書を根拠にして考える
ここで重要なのが、「自分の言語感覚」ではなく「辞書」を根拠にして考えることです。
新語に強いとされる「三省堂国語辞典 第8版」では、2番目の意味として〔俗〕(俗用の意)の表記とともに「思わず圧倒される見もの、聞きもの」と書かれ、用例に「圧巻の試合」「見るものを圧巻する」とあります。
「圧巻する」という、動詞的な使われ方を誤用とする意見もネット上などでは散見されますが、実際の辞書には用例が載っているのですね。
私は、週刊誌の記者原稿ならば基本的に「圧巻の2時間」に対して疑問を出すことはありません。よく業界では「辞書は校閲疑問を増やすためではなく、減らすために使え」と言われますが、まさにこのことです。
そして、これまた重要なことですが、「どこかから問い合わせやツッコミが入った時に説明できるかどうか」というのは、校閲者として判断に迷った際に大きなポイントとなります。
「圧巻の2時間」については他にも許容している辞書があることから、説明がつくわけです。ただし、あくまで「俗用」という前提ですから、たとえば明治時代が舞台の、「本来の意味」に即した表現を使うべきであるような小説の中などでは疑問を出すべきかもしれません(そして校閲者は、明治時代に「圧巻の2時間」という用例があったのかを調べる旅に出るのです……)。
その2「返す刀」
「圧巻」ほどではありませんが、たまに見かけます。ちなみに辞書上の読みは「かえすがたな」ではなく「かえすかたな」とのこと。「広辞苑 第7版」には「返し刀」とも立項されています(こちらの読みはかえしがたな、で濁音あり。ややこしい……)。
本来の意味としては、再び「明鏡国語辞典」さんのお力を借りると、
1.一方へ切りつけた刀をすばやく他方へひるがえすこと。
2.一方を攻撃した後、すぐさま攻撃の矛先を転じること。
の2つが載っていますが、実は最近、「第3の意味」として使われることがあります。それは、「攻撃を受けた後、即座に反撃すること」という意味です。「悪口を言われたので、返す刀でそいつのミスを暴露してやった」などといった使われ方です(例が怖い)。
確かに、この意味で「返す刀」を使う気持ちもわかります。「返」が「返答」「仕返し」のような意味を持っているわけですね。本来はどちらかと言うと「ひっくり返す」に近いと思いますが、漢字の持つ別の意味に引きずられて新しい用例が形成されていくわけです。
校閲者として、「返す刀」の第3の意味に疑問出しをするかどうか。難しいところですが、手元の辞書すべてに第3の意味が掲載されていなかったので、ケースバイケースではありますが、「本来の意味としては(ここに前述の辞書の内容を書く)ですが宜しいですか?」というようなお伺いの立て方をするのも一案です。
ただしもちろん、最終的な判断は著者や編集者に委ねられます。
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