「中指の第一間接」に隠れた誤字とは? 日本語のプロ「校閲者」が“誤植”を見逃してしまった意外な理由
同音異義語の誤記
他によく目にするのは、同音異義語の誤記です。
例を挙げましょう。「交代」「抗体」「後退」だと見分けがつきやすいですが、「摂取」「接種」となると、なんとなく意味や一文字目が似ているので「ワクチンを摂取する」となっていないか、注意が必要です。「幹細胞」と「肝細胞」などの例もありますね。
また、同音異義語ではないのですが非常に似ている熟語として、「物質」と「物資」というものを最近、原稿で見かけました。漢字の形だけでなく読みも似ていますから、パソコンの変換ミスが生じやすいのです。
生物の神経細胞がほかの細胞に情報を伝える際、「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質を使います。これが実際のゲラ(原稿の試し刷り)で「神経伝達物資」となっていました。ある雑誌の校了日(締切日)、素読み(最初から最後まで一字一句ゲラを読んで、単純な間違いがないか確認する作業)担当だった私は恥ずかしながら、これをスルーしてしまいました。神、経、伝……と合っているのに最後の最後で「見切り発車」してしまった……! 他の素読み担当者の方が拾ってくださり、事なきを得ましたが、校閲の仕事は、フォローしてくれる仲間への感謝の連続といっても過言ではありません。
「拾って」と書きましたが「拾」「捨」の二文字もとても似ています。捨てる神あれば拾う神あり、意味はまったく逆ですね。読みが異なりますので実際に見かけることは少ないのですが、たまに手書きの文字で「どっちだ?」となることがあります。OCR(光学文字認識)でもまれにこのような誤字が発生します。今後、連載の途中で書こうと思っていますが、2025年の今でも出版業・校閲業では手書き文字を扱う機会が非常に多いですし、今後も大きくは変わらないでしょう。
漢字とカタカナ、ひらがなとカタカナが似ている例も色々あります。代表的なものが漢数字の「二」とカタカナの「ニ」で、本当によく見かけます。私自身、実際にこうしてパソコンで原稿を打っていると痛感するのですが、間違えるのも無理はないなあと……。だからチェックする人が必要なのですね。
なお、「二」に比べると漢字の「口」とカタカナの「ロ」の混用はあまり見ませんが、これは読みが異なるので変換ミスが生じにくいからだと思われます。このように、発生しやすい誤植には一定のパターンや原因があることが多いのです。
「誤植の横に誤植あり」
最後に、「誤植の横に誤植あり」と私が勝手に名付けている現象について、自戒を込めつつご紹介して結びとします。
「中指の第一間接」とゲラに書かれていたので、(接でなくて節じゃん!)と、意気揚々と校閲疑問を出し、次に進んでしまう。でもじつは「間接」の「間」のほうも間違いで、「関」にしなければならない(「間節」でなく「関節」が正しい)。あとは、「会議で改善案を見当しなければらない」という文章があったとして、(見当ではなく検討だ! はい次!)と、スイスイ進んでしまうと、文末の「ならない」が「らない」になっていることを見逃してしまいます。
当然ですが、ある誤字を発見したらその後しばらくは誤字が出てこない、というものではありません。むしろ誤字の近くにこそ、事実確認の誤認なども含めた他の指摘箇所が潜んでいることが多いのです。
スピード違反・見切り発車は厳禁、一つ一つ“確認”が必要。校閲の仕事ってなんだか車の運転に似ている気もする今日この頃です。



