「自分史アプリ」は将来的に化ける? 整理できないほどのデータを日々抱える現代人(古市憲寿)

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 自分史や家族の歴史を記録するアプリが静かな話題を呼んでいる。その年に自分や家族に起こった出来事を写真と共に記録していき、最終的には年表が完成するというわけだ。

 さて、「静かな話題を呼んでいる」というのは、マスコミがよく使うレトリック。実際には大して流行などしていないことを大げさに語る時に使う。似た表現に「一部で話題」や「熱狂的なファンを獲得」などがある。

 というわけで、自分史アプリなどそれほどはやっていないのだが、将来的に化ける可能性はあると思う。現代人が自分自身に関して、整理できないほどの情報を抱えつつあるからだ。

 たとえば最近生まれた子どもの場合、親によって膨大な数の写真が撮影される。すぐに数千、数万枚の写真データがたまってしまう。

 デジタルカメラのない頃はこうはいかなかった。24枚撮りのフィルムを使い、わざわざ現像に出すというお金と手間の掛かる作業を経る必要があった。必然的に今と昔では、一人の人間にまつわる写真の数が劇的に変化した。

 僕はグーグルフォトというサービスで写真を管理しているが、一番古い写真は2001年。初めて買ったデジタルカメラは1996年発売のセガの「DIGIO」(デジオ)だが、データは残っていない。パソコンも普及していなかったので、プリクラで印刷できる仕様だった。ちなみに画素数はわずか25万画素である。

 2000年代になるとデジタルカメラがヒット、04年には世帯普及率が5割を超えている。同時にカメラ付き携帯電話も人気となり、デジタルで写真を残すという習慣が一般化した。

 そして07年に初代iPhoneとAndroidが発売され、いつでも写真や動画を残せる時代が到来した。こうして人類は新たな問題に直面する。写真を撮るのはいいが、整理の仕方がアナログ時代より複雑だ。

 グーグルフォトやiPhoneの写真アプリは一つの答えだろう。顔と名前をひも付ければ、一気にその人の写る全ての写真を検索してくれる。無機物に関しては、AIが勝手に画像を探してくれる。写真に位置情報が付与されている場合は地名での検索もできる。

 だが、もっと能動的に写真を活用できるサービスがあってもいい。そういえば自動で日記をつけてくれるアプリが「一部で話題」だ。「PAIPAI」は、位置情報を使って勝手に日記を作成してくれる。長年使い続ければ、それは立派な自分史となりそうだ。

 今の10代くらいから、生まれてより全ての写真がデジタルデータで存在する世代となる。写真だけではない。友人とのチャットも、親とのLINEも、恋人との動画も、人によっては位置情報も残している。膨大なデータをどう扱うか。

 だが記録を残しておきたい人ばかりではない。写真など、今や他人から足を引っぱられる格好の材料でもある。フィルターをかけるように過去を奇麗に加工してくれるようなサービスこそ求められているのかも。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年2月8日号掲載

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