「野菜の値上がりが家計を直撃」論のウソ 本当に値段を安くするための方法を農家が伝授

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野菜の値上がりが頻繁にニュースに

 野菜の値上がり、高騰をニュースで取り上げられる機会が増えてきた。たとえば「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)は、10月27日、「食品値上がり止まらず 物価高が家計圧迫 現場は…」と題して、トマトなどの値上がりを伝えている。

 この種の話題の場合、テレビのニュースや情報番組の場合、大体似たような要素で構成されている。

・野菜が値上がりしているデータを示す

・原因としては猛暑や流通コスト増などがあるといった解説が紹介される

・「安くなってほしい」「値段に驚いている」等々、市民の声が紹介される

・スーパーの店長(アキダイの社長が活躍する)の声なども伝えたうえで、スタジオのキャスターやコメンテーターも「高くなりましたよねえ」と嘆く

 野菜の価格が上がっていること、その原因、それに対する反応などすべて事実である。

 しかし一方で、同じ番組では企業の賃金が上がらないこと、コストが物価に反映されず、デフレが続いていることなどが批判の対象になっていたはず。

 物価が適切に上がらないことが日本経済の問題なのだ――識者のこんなコメントが何度となく紹介されてきた。ところが野菜や卵になると一転して、「値上げは嘆かわしい」の大合唱というのが上で見るように定番のパターン。

 どう見ても高額所得者のキャスターやコメンテーターまでもが、トマトのみならずモヤシやダイコンの値段にまで顔をしかめる「庶民の味方」に変身するのだ。ストレートには言わないまでも、まるで「野菜の値上げ」が生活を苦しめる敵であるかのように――。

安売りからの脱却

 安くて安全でおいしい野菜が流通していれば、誰にとっても喜ばしいことに違いない。しかし、果たしてそれを常に期待される農家の側はどう考えているのか。

 有機野菜をネット通販する久松農園の久松達央さんは、小規模でもビジネスとして成立する農業を目指し、実現してきた。

 もとは商社マンというキャリアも手伝って、久松さんの農業に関する鋭い分析は高く評価されている。その著書『キレイゴトぬきの農業論』で自身の農園の戦略の一つとして、最初に挙げているのが「安売りの土俵に乗らない」というものだ。

 久松農園は、小規模・多品目・直販・有機という方針を取っている。結果として、コストが高くなるため、価格での勝負はできない、しないと判断したという。その理由を以下のように久松さんは説明している。

「もちろん、商品に見合わないような高い価格を付けるのは論外ですが、安売り合戦に参戦しても勝算はない。消耗戦の末、大手に破れる事は自明です。(略)

“有機農産物を高級品にするのではなく、安価に提供したいんだ”という有機農業者によく会います。気持ちは分かるし、不可能だとは思いませんが、その方向性でやりたいなら有機ではなく他の栽培方法を選択した方が合理的だと思います。つまり有機という栽培方法を選択する時点で、好むと好まざるとにかかわらず、ある程度高品質・高価格路線を取らざるを得ないというのが僕の意見です。

 安売りの土俵に乗らない理由はもう一つあります。自分たちの商品を支持してくれるお客さんを探すためです。

 たとえば、1円でも安い野菜を買うためにスーパーのチラシをマメにチェックしているタイプのお客さんは、たまたま自分の野菜を買ってくれたとしても、もっと安いものが見つかれば、そちらを選んでしまうでしょう。

 そういうお客さんに対しては、一定以上価格を下げられない有機農業は不利です」(『キレイゴトぬきの農業論』より)

 平たくいえば、「いいものをできるだけ安く」と頑張るよりは、「いいものを支持してくれるお客さんに適切な価格で売る」という戦略ということになるだろうか。

 同書の中で久松さんは、有機ではない農法、大規模農法を決して否定していない。ただし、野菜が「おいしさ」よりも「安さ」で語られることには不満があるようだ。

 そんな久松さんは、最近の「野菜の値上がり」を嘆く報道をどう見ているのだろうか。改めて、「キレイゴトぬき」の見解を聞いてみた。

少しあおり気味では

「野菜の価格が安定せず、このところ上がっているのは事実です。安定したほうがいいし、安い方がいいのは当然でしょう。

 しかし、『家計を直撃!』という感じの伝え方は少しあおり気味という印象を持ちます」

 実際に、NHKニュースは、10月6日、「小学生の息子を卓球教室に通わせている40代の母親」の声として、次のような実感を紹介していた。

「物価が高くなっていて家計への負担は苦しいです。(略)最近では値段が上がっている生野菜を買い控えるようになり、冷凍食品で代用できるものは変えています」

 こうした報道について、久松さんはデータをもとに次のように解説する。

「家庭の状況によって野菜の値上がりで受けるインパクトはいろいろなので、“そんなもんどうってことない”などと言うつもりは全くありません。

 ただ、政府の家計調査によると、2022年の世帯当たり年間総支出約293万円のうち、食料への支出は81万5千円。全体の27.8%でした。

 このうち、生鮮野菜への支出は5万6千円ほどで、食料支出の6.6%、総支出の1.9%に過ぎないのです。

 もちろんそれでも値上がりすれば家計に影響はあるでしょう。ギリギリで回している家計は、少しの値上げでもダメージを受けるのはわかります。

 しかし、先ほどの調査によれば、世帯あたりのお菓子代が年間7万7千円、外食代は年間13万6千円。生鮮野菜はお菓子代の7割、外食代の4割です。ちなみに携帯電話代は年間9万7千円です。

 野菜の値上げで家計が大変なことになる!とあおったほうがテレビ番組的には盛り上がるのでしょうが、かなりオーバーになっていると感じます。また、そうした伝え方はどこか農業は他のビジネスとは別物だという前提に基づいている気がします。値上げイコール悪いことという圧力は他の産業よりも強いのでは」

 健康的な食生活を送るという観点からは、お菓子よりも野菜が重視されても不思議はないのだが、現実の支出額はその逆のようだ。

 しかもどういうわけか、テレビ番組では「高級スイーツ」「カフェの新作ドリンク」などは価格を問題視されず無批判に紹介、賞賛されることが多いのに、野菜の値上げになると前述の通り急に深刻なトーンで伝えられることになる。

 こうした風潮を計算してか、先月には岸田首相がスーパーの視察を行い、「物価高から国民を守る」とアピールする一幕も見られた。しかしその言葉に説得力が無いと感じる国民は多い。久松さんは、生鮮野菜の価格を安定させるために打てる手はあるのだ、と指摘する。 

「生鮮野菜に関していえば、長続きする対策を取るほうが国民にとってのメリットは大きいと思います。価格が安定しない根本的な原因は、小規模で非効率な農家の生産物を、全国から広く集めて市場を通じて再分配するという構造にあります。

 日本の農家の大規模化がなかなか進まないのはよく知られていますよね。規模の小さい農家がそれぞれ作った野菜がいったん大きな市場に集められて、また各地に運ばれるというのがずっと続いてきた仕組みです。

 もちろん野菜の出来は気象条件に左右されますが、小規模乱立状態の農家がバラバラに作って出荷することが、モノの供給が不安定になる大きな原因です。農業の集約を進め、さらにDX化による情報の垂直的共有が進めば、ニーズに合った計画生産が行われるようになる上、需給について精度の高い予測が可能になり、時間軸での価格のブレは抑えやすくなります」

 こうした改革は、一時的な減税や給付金よりも恒久的な対策になり、国民のためにもなるはずだが、政府にせよ当の農家にせよ構造改革を積極的に推進するメリットをさほど感じていないため、進まないのが現状なのだという。

 こう聞くと、「野菜の高騰が庶民の財布を直撃」という言説はかなり一方的で、それを嘆くだけでは事態の改善が期待できないことがよく理解できる。キャスター、コメンテーター、そして首相はこれをどう受け止めるか。

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