義務教育にリコーダーは必要なのか 作曲ソフトが使える方が合理的では?(古市憲寿)

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 あなたに10歳の子どもがいたとする。何か一つ習い事をさせたいと思う。選択肢は「英語」「プログラミング」「リコーダー」の三つだとしたら、恐らく「英語」「プログラミング」を選ぶ人が圧倒的多数だろう。

 そもそもリコーダーの個人指導や塾なんて、あまり聞いたことがない。お金を払ってまで上達したい人が少ないからだろう。一般受験でリコーダーは必要とされないし、音楽的素養を身に付けたい場合も、ピアノなど鍵盤楽器を習得した方が汎用性がある。

 プロの世界でも、他の楽器に比べて需要は限定的だ。人気バンドにリコーダーはまず見かけない。ライブのメンバー紹介で「リコーダー、TOMOYA!」みたいな紹介を聞いた記憶はない。オーケストラでも18世紀以前の曲の再演に用いられる程度だ。伝統楽器という位置付けである。

 それにもかかわらず、未だに多くの小学校や中学校でリコーダーが教えられている。この時代、本当に義務教育でリコーダーを習う意味などあるのだろうか。

 擁護派は初習者でも音が出しやすいこと、安価で丈夫などの利点を挙げる。確かに日本が貧しく、音楽が身近になかった時代なら、リコーダーにも一定の教育効果はあっただろう。

 なぜ学校でリコーダーが導入されたのか。歴史は戦前に遡る(嶋田由美「戦後の器楽教育の変遷」)。ナチスドイツが音楽教育にリコーダーを採用していた。これに目を付けたのがドイツ留学中の作曲家・坂本良隆である。子どもたちのリコーダー演奏にえらく感銘を受けたのだ。ただし日本に持ち帰ったはいいものの、戦争末期に当たり製品化は断念する。

 戦後になり、1947年版「学習指導要領音楽編(試案)」で、指定楽器として「笛」が含まれた。当初は銀笛や竹製の縦笛が使われたが、1954年に現ヤマハが坂本の構想を実現する形で8穴のプラスチック製リコーダーを発表する。このドイツ式リコーダーが大流行した。リード楽器の導入を推薦する派閥もあったが、結局はリコーダー一強になり、現在に至る。

 当然ながら当時は、パソコンで作曲などできる時代ではなかった。ボタン一つであらゆる音色を組み合わせられもしなかった。そんなはるか昔に導入した楽器が、今でも学校で使われているのである。

 授業時間が無限にあるなら構わない。リコーダーでも何でも教えればいい。

 だが時間は有限だ。しかも学校に求められることは増え続けている。重要なのは優先順位を見定めることだ。リコーダーの熟達は、外国語やプログラミングの素養を身に付けるよりも大切か。同じ音楽でも、LogicやGarageBandなど作曲ソフトを使えるよりも重要か。

 答えは明らかだろうが、すぐに学校は変わらない。教員が現在のカリキュラムを前提に採用されているからだ。リコーダーを教えてきた教員が、急に外国語の授業をしろと言われても難しい。こうして学校は時代から取り残されていく。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年10月12日号掲載

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