結婚式の引き出物が「売行き10万部」に! 著者に聞く“万葉集の超訳本”の裏側

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研究者からも高評価

 一見キワモノに見られがちだが、研究者からの評価も高い。愛知県立大学・非常勤講師の大脇由紀子さんと佐々木さんが対談した際、「歌をよく勉強して、歌の真意を捉えている」と絶賛された。例えば、本書の冒頭に紹介されている、雄略天皇が自分の名を名乗らずに民間の女性をナンパする歌。現代語訳には《ヒント「僕は総理大臣とかを任命する人です」》というくだりがあるが、

「歌の真意を分かっているからこそ成せる技だと褒めていただきました」(佐々木さん)

 奈良大学の鈴木喬准教授(上代文学)も自身のTwitterで、雄略天皇の歌に光を当てたことを評価。さらに「(本書は)情報を、削いで削いで削いだ印象をもつ。写真や挿絵すらない。それは、むしろ読者自身のイマジネーションに委ね、世界を制限しないことにつながる」と評する。説明しすぎず読者の想像力をかき立てるのは、もしかしたら佐々木さんが大学で油絵を専攻し、美術を専門にしているからかもしれない。

著者は「ひっそりと出そうと」

 実は佐々木さん、万葉集を長く愛読してきた人かと思いきや、そうではない。

 1984年、大阪府生まれ。香川県で少年時代を過ごし、幼い頃から絵を描くのが得意だった。大学で美術を学んだあと香川に戻り、直島の地中美術館や豊島美術館に勤務。京都現代美術館の学芸員を経て執筆活動を始める。だが、2冊あった出版予定がコロナの影響でご破算に。ならば「自分で出版社を興すしかない」と一念発起し、2020年に支給された特別定額給付金10万円を元手に出版社を設立した。社名の「万葉社」は、令和らしい名称にしたくて元号の出典である万葉集からとった。

「古事記とか日本書紀は好きだったんですが、万葉集はあんまり(笑)。でも、社名にしたからには読んでみようと。いざ読んでみたら、めっちゃ面白いやんと。きれいな歌ばっかりというイメージだったんですが、“俺、失恋しちゃった、テヘ”みたいなすごくダサい歌とかもあるし、怒りを爆発させた歌もある。とにかく気持ちが前面に出て赤裸々なんです。しかも貴族だけの歌ではなくて、遊行女婦(うかれめ)と言われる今で言う風俗嬢やお笑い芸人もいる。賞金が出るお笑いコンテスト、今のR-1グランプリみたいなことも歌でやっていたんです。詠んだ人は若い人が多いし、現代の若者言葉などを使って表せたら万葉集を面白く読めるかもと思い、気に入った歌を現代風に書き換えていってたわけです」

 それが『愛されるよりも……』の土台になった。ただ、佐々木さんには懸念があった。自分では面白いとは思っても、読者も同じように感じてくれるだろうかと。万葉集を冒涜する意図など一切なくとも、自分が書いた現代語訳が万葉集の愛好家や研究者の不興を買って吊るし上げられるのではないかと。

「だからひっそりと本を出そうと(笑)。ちょうど去年の10月10日が僕らの結婚式で、恋歌を集めた本でもあるので、引き出物として持って帰ってもらおうと思ったんです。それで50冊ほどはけたんです」

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