定年間近で始めた陸上で世界記録保持者になった92歳アスリート! 食生活、トレーニング法は?

ドクター新潮 ライフ

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「普通は加齢で記録が下降するのに…」

「一緒に出場した2歳上の先輩の背中があっという間に豆粒のようになっていって……。私など話にならない。衝撃でした」

 その時の田中さんのタイムは15秒6。衝撃を闘志に変えたのがさすがだ。腰や背中のラインを整えたり足の上げ方など自分のフォームを点検し、タイムをグラフ化。ジム通いはもちろん、元教員グループで「歩くスキーの会」や「ウオーキング倶楽部」を立ち上げ、コツコツと体力づくりをする。

「分かってきたのは、練習すれば必ず経験知と経験値になること。普通は加齢で記録が下降するのに、私のタイムは緩やかな右肩上がりでした」

 200メートル、400メートル、800メートルと挑戦の幅を広げていき、ついに日本記録を生む。さらに、70歳になった時、オーストラリアで行われた世界大会に初出場すると、400メートルで金、200メートルと800メートルで銅、三つのメダルを獲得したのだ。以降「火がついた」ようにイタリア、アメリカ、フランス、スペイン、ポーランドなど世界大会行脚を続け、毎回メダリストに。

――誰と行くのですか?

「十数年前に知り合った、北海道と岩手県の70代の走友二人とです。成田空港に集合して一緒に行きます」

――お金かかりますね?

「いえ、年金暮らしでなんとかなる程度(笑)。普段、あまり使いませんから」

「次の目標は、95歳でまたリレーに挑戦すること」

 定年後、夫婦二人暮らしの自宅を戸建てから青森駅近くのマンションに移した。家での食事は「作り置きのきんぴらごぼうや塩辛昆布があれば十分」。モノは長く使い、この日履いていたオレンジ色の冬履は、底を丸ごと2度張り替えて30年以上愛用……と、節約につながる暮らしの信条あり。

 近年、田中さんは、90代の仲間4人を誘ってリレー競技に挑戦。青森県内の大会の1600メートルリレー・男子90~94歳の部で世界記録を上回るタイムを出し、地元マスコミに騒がれた。今春もポーランドで開催された世界マスターズ室内陸上競技選手権・90~94歳の部・60メートルと200メートルで金メダルを取り、またまた時の人となった。

 だが、「練習し過ぎないよう」意識し、ほぼ毎日午前中に伸びやかにトレーニングする田中さんのルーティンは変わらず。

「次の目標は、95歳でまたリレーに挑戦すること。あと3年どう生きるか。暮らしもトレーニングも、修正点が見つかれば、なるだけ早く見直したい」

井上理津子(いのうえりつこ)
ノンフィクションライター。1955年奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌を経てフリーに。人物ルポや町歩き、庶民史をテーマに執筆。著書に『旅情酒場をゆく』『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『絶滅危惧個人商店』『師弟百景』など。

週刊新潮 2023年6月1日号掲載

特別読物「人に歴史あり共通項あり 86歳から100歳まで『介護保険』要らずの『生涯現役』は“来し方”に秘訣」より

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