「お父さんが最後に行った場所を見られてよかった」――遭難から5カ月後の家族の“再会”

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「せめてお別れだけでもしたい」

 いくら探しても見つからないという家族から依頼を受け、民間の山岳遭難捜索チームLiSS(リス)のメンバーと代表の中村富士美氏は山へ向かう。

 2019年6月。日光で縦走に挑んだ50代の男性、Wさんが遭難した。全く足取りがつかめないまま時間だけが過ぎていく。捜索範囲を広げていく中で、同じ山で遭難していた2名を発見。ひとりは足を骨折していたものの、持参していた薄皮アンパンで食いつなぎ、遭難から1週間近くたった後、生存救助された。もうひとりは遺体で発見。そして、ようやくWさんにつながるヒントが出てきた――。

 捜索のリアルな様子を、中村氏の初著書『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』より一部抜粋してお届けする。

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山中での死因

 山岳遭難の中でも、行方不明遭難における死因については公的な統計データがない。

 しかし、現場で目の当たりにするのは、外傷、もしくは低体温症が要因と思わせる状況がほとんどだ。

 よく、「災害時の生死を分けるのは72時間」と言われる。この72時間(3日間)というのは、人命救助のタイムリミットを指し、一般的に被災後3日を過ぎると生存率が著しく低下すると言われている。1995年の阪神淡路大震災の生存率データと、人間が水を飲まずに過ごせる限界の日数を根拠としてそう説明されている。

 ただし、行方不明遭難の場合は、一概に「72時間」が生死のリミットとは言えないと私は思う。状況によっては遭難後、数時間で死に至る場合もあるし、2週間後に無事に生存救出されたケースもある。

 例えば道に迷った先で足を滑らせて数十メートル滑落し、その際に足首の骨を折って、動けなくなったとしよう。滑落した先が、運よく雨風を凌げる場所であれば救助が来るまでの数日を耐えられる可能性が高い。また、登山に出かける際には緊急避難用の道具を持っているだろう。ツェルト(緊急時などに使う簡易テント)1枚でも体温低下は防ぐことができる。逆に、落ちた場所で雨風にさらされたり、雪が降っているような状況では、低体温で数時間以内に命を奪われる。

 人間の身体は、深部体温が35度を下回ると低体温症となる。深部体温とは、脳や心臓など生命を維持している臓器の温度を指し、それが下がるということは、身体の機能を保てないことを意味する。まず、心臓の動きが遅くなり、血液が身体全体に行き渡らなくなる。身体から熱が奪われ、寒さを感じながら意識が遠のく。それが、低体温症による死だ。特に、身体が雨などで濡れた状態のまま、風にさらされるといった状況が、最も低体温症を引き起こしやすい。今回、生存発見された方は、それらを免れたと言える。

 とはいえ、1週間近くも、ひとり山の中でけがの痛みに耐えるなんて……。その不安と恐怖がどれほどだったのか、想像すらできない。ほどなくして管轄警察の山岳救助隊が地上から現場に到着、この方はヘリコプターで医療機関に搬送された。

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