片山杜秀氏と岡田暁生氏が語り尽くした『ごまかさないクラシック音楽』は、他の入門書とどこが違うのか

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音楽を取り巻く政治・文化・軍事――納得できる解説が満載

A男「そのあとの岡田さんの解説にも納得できました。知人の感想を引く形で、『バッハ以前の一千年の音楽』とは、『悪意を知らなかった音楽の時代』だと述べている。それが、近代になると、悪意と闘う音楽が隆盛になった。しかしポスト・モダンになってみんな疲れてしまい、『悪意以前』の古楽を再び聴くようになった、と──こういう解説をしてくれる本は初めてだと思います」

B雄「以前、私の所属する市民吹奏楽団で、ベルリオーズ《幻想交響曲》の終楽章〈ワルプルギスの夜の夢〉を演奏したんです。魔女や妖怪が大集合する音楽です。あのような悪意に満ち満ちた音楽に身を任せたことを、反省したくなりました」

A男「私が愛好するマーラーやリヒャルト・シュトラウスなども、考えてみれば悪意の集大成ですよ。とにかく既成の音楽に反旗を翻すことばかりやってたんですから」

B雄「実はその《幻想交響曲》をやる時、いくつかの資料を読んだのですが、どれも、失恋で混乱した精神状態を音楽化したようなことが書いてあった。ところが、練習を重ねるうちに、演奏しているこっちが異様な精神状態になっていくんですよ」

A男「トランス状態ですか」

B雄「まあ、そんな感じです。なんだかボーッとしてくるんですよ。しかもこの終楽章では、弔鐘──通称〈地獄の鐘〉が派手に鳴り響きます。当団は鐘など所有していないので、近くの高校から、コンサート用のチャイムを借りて練習していたんです。すると、指揮者や一部団員が興奮のあまり、”チャイムじゃダメだ、本物の教会のカリヨン(洋鐘)を鳴らすべきだ“と言い出しまして」

C子「ノートルダムの鐘みたいな」

B雄「そう、あれです。武蔵野音大が持ってるから借りて来いとか、陸上自衛隊の音楽隊にあるはずだとか、盛り上がってしまって……その時、私は、この曲は単なる失恋音楽とはちがうのではないか、演奏者を異様に興奮させる、麻薬みたいな何かがあるのではないかと思いました」

A男「それが、片山さんや岡田さんが指摘している……」

B雄「そうなんです。本書を読んでわかったんです。この曲は、失恋音楽どころか、フランス革命以来の軍備増強、国民総徴兵制、軍楽隊の拡大、新しい管楽器の発明、そういった当時のフランスの政治・文化・軍事状況をすべて取り込んでいたんです」

C子「P.152〈ベルリオーズと吹奏楽〉の項で、片山さんが指摘された部分ですね。ここも面白かったです」

B雄「ここで片山さんは、世界最高の軍楽隊、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のルーツが、1848年〈諸国民の春〉革命の際にパリ防衛隊内部で結成されたファンファーレ隊だとちゃんと指摘されている」

A男「そして岡田さんいわく、それらを組織するための新しい軍歌として、のちにフランス国歌になる《ラ・マルセイエーズ》のような曲が必要だったと」

B雄「持ってきたんです! そのCDを」

A男・C子「……?」

B雄「ギャルドが、1905年に録音した《ラ・マルセイエーズ》です」

(しぶしぶ聴くが、ひどい音質)

A男「……よくこんな音盤をお持ちですねえ」

B雄「私のような吹奏楽をやっている人間にとって、ギャルドは憧れの存在です。まさか本書でそこまで言及されているとは。しかも、ちゃんと当時の政治状況なども交えて解説されており、うれしくなりました」

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