「枯れた技術」を使って新しい市場を作り出す ――宮本彰(キングジム社長)【佐藤優の頂上対決】

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「枯れた技術」を使う

佐藤 こうした独創的な商品を生み出すには、何が大切ですか。

宮本 まず開発にはスピードが大事です。思いついたらすぐに作る。最近ならコロナ関係の商品がそうです。

佐藤 手をかざせばアルコールが出てくる、非接触型の手指消毒器「テッテ」がキングジムの商品ですね。

宮本 実はあれはコロナ前の2019年に、インフルエンザ予防のために作ったものです。それがコロナ禍で注目され、大ヒットにつながった。とてもラッキーでした。

佐藤 コロナまん延の1年前からあったのですね。

宮本 ですからテッテはコロナがきっかけではないのですが、机や受付に置いて飛沫を吸引する「飛沫キャッチャー」や二酸化炭素濃度を計測する「CO2モニター」はコロナ禍の最中に開発し商品化しています。コロナは当初、接触感染だといわれていましたね。それから飛沫感染が問題視されるようになった。飛沫キャッチャーはそれに対応したもので、一方、室内換気が重要といわれるようになると、換気のタイミングを目に見えるようCO2モニターを作ったのです。

佐藤 問題があれば、すぐにそれに対処する商品を作る。

宮本 時代のニーズにいち早く対応する。そのためにスピードは命です。

佐藤 マーケティング調査をしない、とも聞きました。

宮本 いろいろな調査を行っている時間が惜しいんですね。それよりさまざまな商品を出して、お客様の声を聞く。もちろん思いつきで出していますからハズレも多いのですが、そのハズレから学ぶものも大きい。売れない商品には売れない理由があります。どうして売れなかったのか、お客様の声に耳を傾けながら失敗に学べば、次の商品開発につながります。先ほど申し上げた通り、10個に1個当たればいいという感覚でやっていますから、とにかくたくさん出して、売れないものは早くやめる。そして売れるものだけ残していけばいい。

佐藤 ということは、常に撤退も考えながら経営されている。

宮本 それは考えていますね。

佐藤 コンサルティング会社やマーケティング会社にリサーチを頼み、この分野でこう攻めると戦略を立てれば、初期投資が大きくなって、なかなか撤退できなくなります。

宮本 そもそも世の中にない製品を作ろうとしていますから、調査のやりようがないんですよ。出してみないとわからない。調査にかけるお金があるなら、失敗に学ぶことにお金を使いたいですね。

佐藤 それがこの会社の文化なのですね。これまでのインタビューでは、よく「ファーストペンギンになる」と発言されています。

宮本 この言葉もよく知られるようになりました。普段は氷の上でひしめき合っているペンギンも、お腹が空けば海に飛び込んで魚を取ってこなければなりません。海にはシャチやアザラシなどの肉食動物がたくさんいて非常に危険です。それでも最初に1匹のペンギンが海に飛び込む。すると他のペンギンも後に続く。最初のペンギンが勇敢なのか愚かなのかわかりませんが、誰かが最初に飛び込む必要がある。その1匹目になりたいんですね。

佐藤 その1匹目は、一番おいしい獲物を捕まえられるかもしれない。

宮本 その通りです。だからとにかく失敗を恐れずにやってみる。失敗したら失敗したで、やり直しがきくようにする。

佐藤 それが働きがいのある会社だという意識を作るし、イノベーションも生み出すわけですね。

宮本 そこで重要なのは、失敗を開発者の責任にしないことです。失敗が当たり前でも、失敗すればショックですし、人の目も気になります。でも開発会議では私が議長で、責任は開発者でなく私にあります。だから売れないのは私のせいです。逆に成功したら、担当者の手柄にする。

佐藤 そういう非対称性はいいですね。役所などは往々にして、その逆ですから。

宮本 それは大変な世界ですね。

佐藤 役所に長くいると、危なそうな案件はすぐわかります。上司が細かく指示せず「うまくやれ」とだけ言うからです。うまくいった場合は、「俺の指示通りやったからうまくいった」となり、失敗したら「うまくやれと言っただろう」と部下に責任を押し付ける。

宮本 そうならないよう非常に気を付けています。

佐藤 商品開発では、最先端を追わない、ともおっしゃっていますね。

宮本 これは電子機器を出すようになって強く意識したことですが、私どもは電子機器メーカーではありませんし、その製造設備を持っているわけでもありません。ですから最先端の技術を追うことができないし、また追ってもいけないんです。

佐藤 やりたがる人もいるでしょう。

宮本 それはストップさせます。私どもは最先端や最新の機能ではなく、ポメラのように機能を省くことで便利になるとか、この技術とあの技術を組み合わせたらこれまでにないものができるとか、「枯れた技術」――つまり既存の技術を足したり引いたり組み合わせたりして開発していきます。枯れた技術は確立されていますから、安心して商品が作れます。

佐藤 基本的に製造は外部委託されているのですか。

宮本 ファイルに関しては、インドネシア、マレーシア、ベトナムに自社工場があります。その他の電子機器などは製造委託ですね。

佐藤 多彩な商品ラインナップですから、委託先を探すのが大変ではないですか。

宮本 すでにさまざまな商品を作ってきているので、紙、プラスチック、木材、金属などありとあらゆる材料の仕入れ先と、製造委託先のコネクションは豊富にあります。

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