【追悼】ジャズの巨匠「ウェイン・ショーター」 LAの自宅に何枚もあった肖像画に描かれていた人は

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マイルス・デイヴィス、ジャコ・パストリアスについて

 当時のウェインの自宅があったのはハリウッドの近く。サウンドシティという緑豊かな街の小高い丘の上だった。恐る恐るインターフォンを押す。すると思いもよらず、2階のほうで大きな返事が響いた。勢いよく玄関ドアが開き、満面の笑みのウェインが迎えてくれた。ブランフォードの話とは様子が違う。千の秋のイメージとはほど遠い、子どものような笑顔だった。

 仕事部屋に通されると、何十メートルもの、巻紙のような譜面を見せられた。大作だ。

「ロサンゼルスとニューヨークのフィルハーモニーとジャズミュージシャン、総勢100人で演奏するために書いた譜面だよ。2000年のメモリアルに間に合うように、今は毎朝3時から16時間仕事をしている。これはジャズともクラシックとも違う、新しい音楽だよ」

 ウェインは胸を張った。彼が自宅にこもっているのは悲しみのせいではなく、創作に没頭しているからだと思った。こんな大作をつくっていたら、家からは出られない。

 部屋の壁には、マイルスのクインテットにいたときの写真やウェザー・リポート時代の写真が飾られていた。その1枚1枚をていねいに説明してくれた。

 マイルスの写真を見ながら言った。

「できると自分で思えたら、それは絶対にやれる。誰がなんと言おうとやれる。それをマイルスから僕は教えられた。マイルスはいつも僕にひと言だけ言った。やれ! とね」

 ウェザー・リポートの写真を見ながらも言った。

「世の中にいるすべてのベーシストの中で最高なのはジャコ(ジャコ・パストリアス)だ」

 ラックには、レーザーディスクがぎっしり。

「子どものころ、僕は映画の仕事に就きたかった。でも、あのころ、映画界は黒人にとっては狭き門だった。だから、僕は仲間がたくさんいる音楽の世界に入った。今でも僕は映像に思いがある。音楽で映像のような世界をつくり上げたい。ちょうど『スター・ウォーズ』がそうであるように、永遠につづくストーリーをつくりたい」

 ウェインの音楽は立体的に響く。音が景色を描き、物語を感じさせる。その理由がわかった気がした。ちょうどその前日、近くのチャイニーズ・シアターで、「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」が世界に先駆けて公開されていた。

 映像のような音楽――ウェインがサクソフォンを選んだ理由もそこにあった。

「トランペット、ストリングス、木管楽器、肉声……。そのすべてを1つの楽器で表現できないだろうか。オーケストラに近い響きにならないだろうか。その思いで、アドルフ・サックスという人がつくった楽器がサクソフォン。だから、僕はこの楽器を選んだ。音楽を奏でるとき、僕は僕自身が主人公の物語の映画監督で、プロデューサーで、主演男優。そのためには、サクソフォンが必要だった」

部屋の中にあった肖像画

 ウェインに会うと、とてもシャイな印象を受ける。しかし、なにかのきっかけでスイッチが入ると、とても陽気になり、饒舌になる。あの日も、部屋の中を歩き回り、話し続けた。

 帰り際、玄関横の部屋のドアが半開きになっていた。何枚かの油絵が見えた。僕の目線を察したウェインが、部屋に案内してくれた。そこには何枚もの画が置かれていた。描きかけもあった。すべて肖像画。同じ女性が描かれている。アナ・マリアだった。

「全部僕の妻。写真を見て描いた」

 そう言って、ウェイン・ショーターは静かに笑った。

神舘和典(こうだてかずのり)
1962(昭和37)年東京都生まれ。ライター。音楽をはじめ多くの分野で執筆。『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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