なぜモドリッチは無得点でも世界を魅了できるのか にわかファンにも伝わる華やかなパス(小林信也)

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18歳まで難民生活

 モドリッチの少年時代は過酷だった。1985年にクロアチアの小さな村で生まれ、6歳の時に紛争に巻き込まれた。18歳まで難民生活を送る。難民が暮らす仮住まいのホテル駐車場でサッカーボールを蹴り始め、サッカーの魅力と自分の才能に目覚めた。貧しい食生活で栄養が足りず、身長が低く、体も細かった。それでチームへの入団を断られた経験もある。そんな少年が、ディナモ・ザグレブのトップ・チームに昇格し、10年間のプロ契約を結ぶのは18歳の時だ。彼はすぐ故郷にアパートを買い、家族を難民生活から解放した。

 モドリッチは無口で自己を語る機会は少ない。だがピッチ上では雄弁だ。プレーで情熱を表現し、仲間たちを激しく鼓舞し続ける。

 他のスーパースターたちは感情が昂じて汚い言葉や醜い行動でファンを失望させることがある。その点モドリッチは常にスポーツマンシップにあふれ、抑制された振る舞いを崩さない。

 準々決勝をPK戦で勝利した後、モドリッチは最初のPKを外したブラジルのロドリゴに歩み寄り、抱きしめた。その光景は世界中に感銘を与えた。準決勝で敗れた後には、「メッシが優勝することを願っている。彼は史上最高の選手であり、それに値する」とエールを送った。厳しい勝負の世界。だがスポーツが調和をもたらす友好の架け橋になる希望をモドリッチは体現している。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2023年2月23日号掲載

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