妻しか女性を知らなかったけれど…不倫してみたら「沼しかなかった」 小心者の40歳夫がメンタルを病んだ原因

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「あなたは無理に恋なんてしなくても」

 紅美子さんとの関係はぐじゃぐじゃのまま続いていった。1年ほどたったとき、ついに雅斗さんは激やせし、メンタル的にもおかしくなっている自分に気づいた。

「クリニックに行って適応障害の診断書をもらい、紅美子に送りました。もう無理だ、と。紅美子からは『つまんない男ねー、佳恵にも捨てられるよ』とひどいメッセージが届きました。佳恵に言ったら、『彼女は人を傷つけて喜ぶところがあるから。私はあなたが好きなようにすればいいと言ったけど、もうそろそろ紅美子とは離れたほうがいいと思う』と。それでやっと紅美子から離れることができました。同時に佳恵は、『あなたは無理に恋なんてしなくてもいいのよ』と言うんです。僕を下に見ているんだとムッとしました」

 だが雅斗さんはわかっていた。それが真実であることを。雅斗さんは同時にふたりと関係を持てるタイプではなかったのだ。わかっていながら、佳恵さんに張り合う気持ちがないわけではなかった。

「佳恵は自然体の人間だから、“オープンマリッジを実践しています”みたいなふうには言わない。自分のしたいようにしているだけ。でも僕は、自分も佳恵と同じように自由な人間なんだと思いたかった。自分ですべてを決断して、結婚なんていう枠にとらわれずに自由に振る舞える人間なんだ、だから佳恵と夫婦でいられるんだと思いたかった。でも僕はやっぱり振り切れた人間ではありません。小心者で女性慣れしていなくて……」

 疲れ果てた雅斗さんは、「離婚したい」と佳恵さんに切り出した。佳恵さんは、「どうして? 私のことが嫌いになった? 私は雅斗が大好きだよ、一緒に生きていきたい。雅斗がどうしてそこまで疲れているのかわからないのがつらいよ」と言ったという。

 一方で、雅斗さんの目から見ても、佳恵さんは素敵な母親だ。子どもに対しては非常に冷静で繊細な対応を、これまた「ごく自然に」できている。

「カッと怒ったりすることはまずないんです。常に娘には愛していると伝え、何か間違ったことをしたときは『どうしてああいうふうにしたの?』と、まず聞く。娘には娘の意図があるはずだというわけです。僕なんかつい、ダメって叫んじゃうけど、よほど危険なことをしていない限り、そういう怒り方は意味がないと彼女は言う。自分が小さいとき、こうしてもらいたかったというのをベースにしているそうです。彼女はもっと詳しく、もっと丁寧に心の内を聞いてもらいたかったらしい。僕にはそういうベースがないから、どういう父親になりたいという目標もない。何をやっても佳恵にはかなわない」

 雅斗さんは自信を失っているのかと初めて気づいた。7歳年上の佳恵さんはそれだけ人として魅力的なのだろう。張り合う必要などない気もするのだが。

 彼が携帯に保存している佳恵さんの写真を見せてもらった。すらりと背が高く、過不足ないメイクもばっちりで、にっこり微笑んでいる。ブロマイドのようだが、次の写真は破顔一笑、大きな笑顔だった。

「佳恵は僕が本気で離婚したいと言っているとは思ってない。確かにそうなんです。離婚したくはない。でもこのままだと僕はずっと佳恵の手のひらで転がされているしかないような気がして……」

 ああ、と雅斗さんは大きく息をついた。離婚しても、雅斗さんの心の内は変化しないのではないだろうか。彼のような人は、今度は「家庭から逃げた僕」を後悔するのではないか。

「そうですね……」

 他人から見れば、常識の内外を行き来しながら楽しんでいるように見える結婚生活だが、彼にとっては「何かがプレッシャーになっている」のだろう。そこを見いだし、自己解決できれば今の暮らしはもっと気が楽なものになるのではないだろうか。

 ***

 生まれて初めての恋をした と思いきや、一転、雅斗さんは性の奴隷とされてしまった……。しかも紅美子さんは最も不倫相手に選んではいけない相手だったことも後に明らかになり、女性経験の乏しい雅斗さんのトラウマになっていそうだ。

 振り返れば妻の佳恵さんとの出会いも、紅美子さんとのきっかけも、向こうからのアプローチを受けてのものだった。取材した亀山氏も〈無意識にそういう奔放な女性を欲していたのだろうか〉と指摘しているし、第三者から見てもそう映る。

 雅斗さんの現在の悩みの根底には、そうした女性たちへの「あこがれ」に似た感情があるようだ。彼のラテン音楽好きにこじつければ、情熱的なものを求めているとでもいえるだろうか。しかしあこがれるような存在に近づくことが叶わず、結果「小心者で女性慣れしていない」と卑下してメンタルを病み、逃げるように離婚を求めてしまっている。

「四十にして惑わず」という言葉もある。雅斗さんが平穏を取り戻すには、背伸びをやめ、自分なりのいいところを見つけるしかないのではないか。本当は身近な人間が彼にそう伝えればいいのだろうが、その役があこがれの存在の佳恵さんだと、また「僕を下に見ている」となってしまいそうで、難しい。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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